A feast of awakening










……













──パーティーは今日のはずだが。

はい、まだ仕立て中です。
限界までがんばりまあす。

大魔王さまはいいとおっしゃってるんですけど、わたしがよくないので〜。

だいたい、大魔王さまはなんでもいいって言うひとなので。
だから半分くらいわたしのわがままですね〜。

──それすべて、彼女のための?



さすがに違いますよお。
素敵なモデルの衣装係を、今日は特別に任せていただいたので。

ひとり揃わないのが残念です。
知り合いの衣装箪笥にとられちゃったので、えへへ。

──今更ながら、新しい魔界は?



とっても楽しいです!
素敵な衣装が作れるので。

──失礼、昔と何が違う?



うーんと、貿易?
関所の廃止が進んでいるので、以前より素材が集まりやすくなったというか。

バルディスタの方は万が一の時を考えて、まだまだですけどね。

──出身の近くがそうだと大変では。


そうでもないですよ。

守りを固めることは拒絶ではありませんから。
堅牢な理由は彼女と会えばすぐにわかります。

わたしは村のほうの出身なので要塞でのことはさして存じ上げませんが、
彼女のまとう冷気は、意外と触れてもぴりぴりしませんので。

これも大魔王さまのおかげかな?

──偉大なる大魔王へメッセージを。


裾と袖の調整に約二時間三十六分かかります。
気長に待ってくださいね〜。







──パーティーの準備はどう?

最悪。

──何が気に入らない?


気に入らないというか、全部がだめ。
みんながみんなのほほんとしてて締まりがない。

まだ間に合いそうだから、少し鋏を入れる予定よ。

──砂漠の国のアーティストはこだわりが違うね。


なにそれ。嫌味?
くだらない合いの手をいれるくらいなら帰って。

──君は衣装と会場の担当?


衣装は知り合いと担当の少数だけ。
会場は本来なら役目じゃなかった。

ステージは手がけたけど、デザインからじゃない。

そこどいて。装飾の数を減らすの。
べらぼうに並べれば派手になると思ってるのかしら? 腹立たしい。

──今日の注目だけ教えて。


私と私の親友で作り上げた、親友の最高のダンスステージ。

最高に美しいのに、誰もが踊れるアレンジ付き。

それから、恩師へ贈った晴れ姿と、博愛の後輩へ贈った花の姿。

──気まぐれ? それとも心からの親愛?


世話になった相手に気まぐれなんて適当な理由でプレゼントなんかしないわよ。

ほら、行った行った。
まだ仕事が残ってるのよ、あたしだって。









──こんにちは、シェフ。アストルティアと魔界の共同制作?


イエス、そうだよ。
できるだけ多くの舌を安心させながら驚かせたいんだ。

そのための努力は惜しまなかったつもりだよ。

──おすすめは?


コンシェルジュ仲間から好評だったのは、魔界キャベツの肉巻き煮込み。

天使様の瞳のようなあざやかなパープルと、
我らが主人の瞳のような馴染みのグリーン。

100%と合挽きをいろんな肉で試しているから、コンプリートを目指してね。

──君はどう? ミス・ラッキーセブン。


こっちからはアストルティアの料理を紹介するのが筋かしら?

やわらかな甘みのコーンポタージュに、クリーミーな奥行きが魅力のクラムチャウダー!

トウモロコシはプクレット産で、こちらのアサリはウェナ諸島、あなたの故郷だったかしら? ミスター?

間違いないね。


そうそう!

──マデサゴーラ統治時代の君のこと、聞いたよ。


本当に? ファンは大事にしないとね。
あなたの記憶にありがとう!

彼の時代を過ごすのも楽しかったわ。
彼の芸術こそ私の人生でナンバーワンなの。

アメイジングでアバンギャルド。
子孫の作品にも大いに期待しているわ!

だけど統治は今の大魔王様のスタイルが好き。
いろんな人と出会えて仲良くなれるもの!

そう、そこの彼と、目の前のあなたのようにね!

──今日は料理の担当を?



料理と会場設営と、受付に配膳まで。

ここ100年でも一番の忙しさよ!
でも最高。我らが砂漠の魔王様も楽しみにしているわ。

お互いいい日にしましょうね!

──楽しそうに料理をするね。


俺の料理で幸せになってくれる人が好きなんだ。

食事の素晴らしさを教えてくれた大切な人への感謝でもある。

今こうしてキッチンに立っているのは、きっと生きることの意味を忘れないためだ。

二度と会えないかもしれなかった彼女を連れてきてくれた主人のためにも、今日は人一倍頑張りたいね。

ま、そんな大きな理由がなくたって、料理は楽しくて好きだよ。

──君の最も大切な人へ、何かひと言。


ええ、何を期待してるの?

ゴシップなニオイがするからまた今度ね。
ただのシェフに戻らせてよ。










──噂のサボり魔を発見。


サボってるんじゃなくて、みんなの準備の邪魔をしないよう大人しくしてるんす。

あしがいてもなんにもならないんで。

──貴方の担当は?


忘れた。
今日は人多いんで、あしひとりくらいいなくてもどうにかなるっすよ。

みんな浮かれてるんで仕事の進みは遅いっすけど。

ま、あしがやるよりはマシ。

──ひとりぼっちの感想は?


塩を抜いたフライドポテト。

──パーティーについては。


山頂から眺める大輪の花火と、衣食住の保証がついた完璧なワンルーム。3時のおやつ付き。

ちゃん様の作った魔界と同じ。

──今更ながら、新しい魔界は。


思ったよりは嫌いじゃない。
むしろ結構好きだったり。

──詩人で懐深いあなたのため、大魔王には秘密にしておくよ。


ま、チクッたところでちゃん様なら怒んないすよ。

ファラザードのノッポと違って。

──寛容な大魔王へメッセージを。


いえーい。

──ついでにあなたも。


キャンディーはおいしいけど、とくべつなおかしがたべたいぞ。

マカイ・マカロンもいっぱいって聞いたぞ。
だいまおうは食べていいって言ってたのにー。

あるじがキッチンできんって言ってスーをここに置いていったけど、できんってなんだー?

キッチンできないってことっしょ。


なるほどー。

疑えし。

こいつなんなんすか。
知らないまものの世話頼まれても困るし。

先輩か魔盟友に突き返してきてくれます?
あしちょっと仮眠するんで。

今日は久々に寝れそうにないし……










──あなたたちの作るお菓子は、数式のように完全だ。


わあ、ありがとう!
特別に試食はいかが?

ひとくちサイズのロリポップ・チョコケーキ。
今ならエディブルフラワー付き!

マジパンもぜんぶ、薄氷のような美しさでしょ。

※マジパン マルチパンとも。砂糖とアーモンドを挽いて練り合わせた洋菓子。飴のような食感で、しばしば装飾のために色を作られかわいらしい造型にされる。

──これは誰が?


アタシがホームステイしているみんなの合作だよ!

スケッチを描いてくれたのは、アタシたち自慢の世界一のアーティスト!

造型は手先の器用な双子の兄弟。

普段は狩りをしている最強のハンターは、フルーツの飾り切りをしてくれたんだ。
そこのケーキ見てみて。最高でしょ!

うちのパティシエを独占するのはやめてくれ。彼女は今、粉砂糖をふりかけるのに忙しい。





──それは失礼を。ミスター黄金比。

格好のつかない肩書だな。グラムを間違えたくないから、もう少し離れてインタビューしてくれ。


こう見えて彼、こだわりすぎて進まないから、アタシとペア組んでるんだよ。

数粒の砂糖の違いにまで目くじら立ててちゃ、パーティーなんて開けっこないよねー。

──パーティーは楽しみ?


それなりだ。

すっごく楽しみ!

でも、こうやって裏で支度をするのも最高に楽しい!

誰かの誕生日を祝うように、みんなと同じことで盛り上がるのが好きなの。

だから今日は最高にハッピー!

──科学が織りなす傑作を期待している。


もちろん! きっと期待に応えるよ。


煮詰める時間を一分刻みに変えたリンゴのコンポートのビュッフェをお楽しみに。

メルサンディ産の小麦で作ったクラッカーと相性がいい。

それからもちろん、雪で冷やしたメープルキャンディ、家族の味のアップルパイ。

──レシピを聞いても?


企業秘密だ。












──特別なダンスレッスンの調子はどうかな?


最高だよ!
この日のために何回も打ち合わせしたんだ。多分間違えない。

ライティングにはエルフの方をお呼びしたんだ。
彼女たちの演出はとても厳かで芸術的で、いつもとは違う雰囲気に仕上がった。

そっちにいるよ。テーマを聞いてみな。


──こんにちは。エルドナ大陸の大和撫子。


あら、お上手〜。

今回のテーマは花嵐。
閃光轟くデスディオ高原の力強さと、まばたきしたら消えてしまう、一瞬の美しさの調和。

一晩のパーティーにぴったりでしょう。



──素晴らしいね。異文化交流は順調?


種族の違いを感じさせないほどに。

ええ、本当に。旧友と過ごす日々のように楽しくて、とっても自然やわ。


はは、彼女が言うなら間違いないね。
私も胸を張って良かったと言えるよ。

まだまだ本番が残っているけどね。



──気が合うんだね。


互いのきょうだいの話が尽きないの。

うちは妹ひとりやけど、彼女は大勢のきょうだいがいるんやって。

それがどれだけ大変なことか、そしてどれだけ幸福なことか。

同じ血を分け合った人たちの話は、その経験がある人が最も理解できる。

種族の違い以上に関心があるテーマやわ。

姿も、育った文化が全く異なっても、その尊さは変わらないみたいだ。

まあ、文化圏の違いによるきょうだい観の違いは、まだ検討の余地があるかな?

なんにせよ面白いトークテーマだね。

魔界はもっとおそろしい場所かと思っていたけど、そうでもなさそうだし、終わったら見聞を深めに各地を見て回りたい。

……魔物がいるのが少し懸念だな。
こればっかりは、ははは。

──新たなる砂漠のスターの誕生をみんなが待ち侘びているよ。


光栄だね。

こっちの砂漠の国の人々にも喜んでもらえると嬉しい。
踊りは種族を超えて親しまれた、生命が生まれながらに持ったコミュニケーションのすべだとわかったから。

尽力してくれた親友のためにも、きっと踊りきってみせるよ。

特別なステージをみんなで楽しもう!
ステップを踏みやすい軽やかな靴がオススメ!

──コラボレーションを実現させる演出家からもなにか一言。


え〜、そうねえ。

みんなで楽しく踊れたら、それでいいと思うわあ。

いつもはうまく話せない人とも、踊りが背中を押してくれるはず。

なりたい自分を演じてみるのもいいかもね。
スポットライトは生きてるすべての人々を輝かせるためにあるわあ。

忘れられない素敵な夜になりますように。





──旅の余暇は楽しめているか? 御伽の旅人さん。


どうも。
忙しいので簡潔にお願いします。

ただでさえやかましいなかまの牽制に油断も隙も見せられないので。

──いい仕立てだ。相棒と揃い?


コンセプトは統一してます。
詳しくはあっちのコンシェルジュに聞いてください。そう、カーテン見てるやつ。

布ならなんでもいいんですかね。

普段は任せきりにすることはないんですけど、今回は珍しくよかったので、ストレートで通しました。

大魔王様の衣装係との交流がいい刺激になったんでしょうね。

──今日は料理のほうは?


一部のレシピの監修と素材の提供だけ。

多くの料理はヒト型の生命に適した味と盛り付けなので、アレンジメントの方に大きく関わっています。

魔物の舌にもマッチする料理の創発は苦労しますがやりがいがありますね。

当然喜ばれる想定です。
自らフライパンを振ったわけじゃないですけど、テーブルに並んでいくさまを見ているだけで誇らしいですよ。

──もうひとりのコンシェルジュと相棒について。


お菓子を永遠につまみ食いしようとするので会場外の雑務を押し付けてます。

どうせ今頃サボってるでしょうけど。
キャンディをたくさん渡しておいたんでしばらくは大丈夫でしょう。

相棒はカクテルバーの準備に興味津々。

私よりアルコールの方がお好みだそうですので置いてきました。
今はカトラリーのセッティングと、提供の流れを確認中です。

──先ほどすれ違った。あなたを探していた。


いい気味ですね。

──あなたたちにとっていい夜になることを期待している。


ま、住み慣れた場所でのどんちゃん騒ぎは勝手が知れていますけどね。

同じ顔で偉い立場になっている女の名のもとで執り行われるのは気に入りませんが、
歴史の単位で見れば仮面で隠れるので許容範囲です。

身を尽くして素敵なひと晩にするようにと伝えておいてください。
せいぜい楽しませてもらいますよ。








──手を貸したほうがいいだろうか。


ああ、大丈夫だよ。
心配させてすまないね。

みんなと同じ踊りを楽しみたくて、無理を言っていたところなんだ。

そこの無口な妖精さんに手伝ってもらっているんだよ。
ほら、後ろに。

──風のように息を潜めるのが上手い。


そうとも、折り紙付きの実力だよ。

足を滑らせたとき地面に顔がつかなければ、それはいつも彼女のおかげだからね。
ここにおいてはの話だけれど。

いつもはもう少し賑やかな子が助けてくれるんだ。あなたも知ってるよね?


──今夜の予定は?


見ての通り、少し背伸びを。

この足で会場を回って、アストルティアのニンジンを使ったスイーツを食べるんだ。楽しみだね。

それから、私と目を合わせてくれる、驚くほどに親しみやすい大魔王とのディベートも。

悪の定義について考え直すところだよ。

──意外な組み合わせだ。


そうかな?
私としては特別変わった出来事ではないよ。

人として刷り込まれた悪の象徴にはてんで縁がなかったからね。
まあ、比較的フラットな関係を築けている自覚はあるよ。

暗闇で光るみどりの瞳がとても印象的な人だ。
誰しもが惹かれるやさしい光をたたえている。

蝶にいたってもそうらしいね。
彼女の周りだけ森の中みたいなんだよ。

──あなたは?


楽しみにしているって。

魔界で見つけた未知なるサボテンに心がときめいているそうだ。

巫女様のスケッチブックを特別に見せてもらってからというもの、早く探検に行きたいらしい。

彼女らしいね。

──抜け出す暇もないくらい特別な夜になることを願うよ。


意地悪で最高の祈りだ。

天使様のご加護を賜りたいところだね。
うん、きっとあなたにも祝福がやってくる。

君はどう思う?

うん。
観察は、明日の楽しみに。

きっとそうなる。






──名うてのコーディネーターを発見。


よくぞお気づきで!
今晩のために最高の衣装を作り上げて参りましたとも!

仕入れたばかりの魔界のトレンドをお入れするかお尋ねすると「絶対に嫌」とのことでしたので、
レンダーシアで人気急上昇中のAラインドレスを基本にデザインいたしました。

お二人をイメージしたカラーをふんだんに取り入れつつ、かわいらしくも繊細に、そしてあざやかな仕上がりと相成りましたので、開場した際には必ずご刮目を。

──まだ何も聞いていない。


聞かれるであろう事柄と我らが博士が予測しておりましたので、練習どおりに申し上げました!

メモをとり損ねたようでしたら、もう一度言わせていただきます。

仕入れたばかりの魔界のトレンドをお入れするかお尋ねすると「絶対に嫌」とのことでしたので、
レンダーシアで人気急上昇中のAラインドレスを基本にデザインいたしました。

──お気遣いをありがとう。大丈夫だ。


いえいえ。当然のことをしたまでにございます。

お嬢様は半ば義務的に行事などに参加することをとても嫌っていらっしゃいますが、

お嬢様のご友人と共にならと珍しく快諾しておりました。

魔界という地もお嬢様とご友人にとっては苦い思い出が残る場所かもしれませんが、
今の二人ならそれも塗り替えられると判断したのかもしれませんね。

──その見解も博士が?


半分、いえ七割ほどそのとおりでございます!












──綺麗な花だね、小さなコンシェルジュさん。


ありがとうなの!

これはね、会場に飾るのよ。そのあとは思い出に残るギフトになるの。

オススメは、バスタイムを幸せにするフラワーソープ。

ハーバリウムみたいですてきなのよ!

──そっちは? 慈愛のミューズ。


こちらはスワッグの試作です。
枕元に飾るのがおすすめなんですよ。

子どもたちがとっても喜んでくれました。
みなさんにも喜んでもらえると嬉しいのですが。

──あらゆる世界の花が集まって、幻想的だ。


おとぎ話みたいで素敵ですよね。
サンマロウを思い出します。

アストルティアのお花は、わたくしたちの知っている花と似ているようで少しずつ違って、興味深いです。

お気に入りはラウラリエの丘のお花です。
エテーネの出身の方からいただきました。

ちいさな花束みたいで、見ていて癒やされます。

──その花冠は?


ちいさな花束のお礼に。

この花々をとても羨ましそうに見ていたので。

あとで押し花の栞も作って渡す予定です。
もちろん、あなたにも。いかがですか?

ウォルロの美しい水で育った、砂糖菓子のようなスミレの花ですの。

──ありがとう。


今日の思い出にしてくださいね。

わたしからもこれ、あげるの!
じょうずにできたから特別よ。

今日はいろんな人のために花束を作るのよ。
お世話になってる人には、いつもありがとうって言うの!

知らない人には、はじめまして、これから仲良くするのって言うのよ。

お花がベリルとみんなをつなげてくれるの!

──花が好き?


うーんと、いつもは花瓶のお水を変えるくらい。

でも大好きよ! かわいいの!

今日はお花のいろんなことを勉強して、興味がわーっと増えたところ!

おうちに帰ったら花壇の水やりも始めたいの。
前はたくさんあげすぎて、根っこをくさらせちゃったのよ。

今度は絶対間違えないの!

──勤勉で幸福なふたりに乾杯。


わーい! ジュースで乾杯するの!
お姉さんも一緒よ!

まあ! よろしいのですか?
ぜひともご一緒させてくださいませ。

みんな一緒よ!
今日はみんなのためのパーティーなの!




──伝説の夜はすぐそこだね、我らが大魔王様。


ああ、うん。
ごめん、生返事で。

ちょっと忙しいんだ。
大魔王はこんな日まで魔界の雑用係だよ。

ええと、特別いい日にしてくれ。
心から祈っているよ。では、また。

──呼び止めてすまない。機会を改めても?


ああ、もちろん。
仮面の大魔王は、全てに平等が信条だ。





























──盛り上がっているね。


はい、とても。
魔界の方と落ち着いて話すのは、意外と初めてな気がします。

物理的な距離と日々の忙しなさが擦り合わなかったので。

実は、主人の人生を記録するのがちょっとした趣味なので、ありがたい機会です。

──君が他者と積極的に話しているのは珍しいのでは。


そうでもない。いや、そうだったか。

大魔王様のことを知られるのなら、もとよりどこへでも行くつもりだった。

人々の密集で息苦しいばかりのパーティーに参加する意義もある。

──今日はコンシェルジュの仕事は休み?


休み休み働いています。
たまに料理の配膳やドリンクの補充、簡単な清掃、会場の案内を。

大魔王城の兵士の皆様と我々コンシェルジュで、交代交代で回しています。

皆が平等にパーティーを楽しめるようにと、主人のご意向です。

そのお気遣いに応えない理由はありません。

──連勤652日目の君も?


もちろん。
大魔王様のご命令であれば、三日三晩のバカンスにも励む。

大魔王様のご命令のもとでしか休養をとらないため、連勤記録が更新され続けている。

この数字に興味はないが、大魔王様の生きた日数とできる限り近づけたい。
それが私の信仰の証。ひとりの永い余生のなかでの支えになってくれる。

──最も敬愛する主人への深い感謝と仁慈で生まれた縁なんだね。


はい。彼女は私に多くの物語と出会いを与えてくださいました。

ときおりあの若く小さな身体に抱える運命の重さにひどく感情を揺るがされます。

しかし、彼女は決して挫けない。
太陽の光が尽きないように、彼女もまた常に眩しい。

主人が世界を救う光であろうとする限り、私は彼女を支え続けたいと考えています。

私は大魔王様のことを知られるなら知るまで、そうでしかないのだが。

大魔王様は私がかわるがわる人と話しているさまを目にすると大変お喜びになられるので、この交流を楽しもうと尽力している。

大魔王様が与えてくださるものならば、ファラザードの悪趣味なスパイス・ドーナツだって美味しい。

以前は出身国のマカロンを極まれに嗜んでいたが、大魔王様の手元へ回る機会を少しでも増やしたいので、めっきり食べなくなった。




──あっちを見て。今日は一生分のマカイ・マカロンが食べられそうだ。


大魔王様のご命令がくだったら手を付ける。
残り1037個、大魔王様が最も好むバニラ・アンド・ピスタチオのノアクリームはあと211個。

あれだけは手を付けるわけにはいかない。
お前もなるべく食べるな。

……彼女といると、従事するものとしての姿勢について考えさせられます。

刺激的な出会いです。
話の中にも取り込めないものか……

ああ、いえ、こちらの話ですので。
ご内密に。





──そんなにたくさんのお菓子を抱えては危ないのでは。


ええと、はい、大丈夫です。
な、慣れてます、ので。

あっ、タルトが落ちちゃう……
あっ、ああっ、すみません。こんなつもりじゃ……

──誰かのために?


はい、えっと、友達に。
はじめは一緒に食べようと思って持っていったんですけど……

いつの間にかわたしが配膳係に。
慣れない場所で疲れちゃったみたいで……

わたしも慣れないヒールで足ガクガクで。
危ないところをありがとうございました。

──ともに行っても? 片方持つ。道すがらのインタビューにご協力を。


は、はい。
わたしなんかでよければ……

って、そっか、みなさんに聞いてるんですもんね。
なんかすみません……

サンデーがくずれないように気をつけてくださいね。

──この場について。


とても素敵です。夢みたい。

パーティーって、今まで何度か連れて行ってもらったことはあったんですけど、緊張で何も覚えてなくて。

ここの人たちはやさしくて、空気がふわふわしてて、知らない人ばかりなのに落ち着きます。

ご飯とデザートも最高に美味しいです。
あの子も楽しそうでよかった。

──ごきげんよう、眠れる大魔法使い殿。


あんた誰?
あ、デザートはそっち置いときなさい。

プディングを手前側に。
あんたの方じゃないわよ。

配膳係をつれてきたの?
そっちはビスケットを手前にして。ええ、そう、筋はいいわね。

──特別な日の記録を残している。


ふーん? あっそ。
どうでもいいわね。

ああ、この城の床、最悪。
とんでもなく足が痛くなる。

不快な魔力反応と合わせて頭痛がしてきた。

魔界なんて下賎な土地じゃ最高権力者の城でもこのレベルが限界なのね。

最悪だわ。デザート以外は。

──お気に入りは?


名前がダサいあのマカロン。

ダブルチョコレートのラズベリーソースが最高。最低はバニラ・アンド・ピスタチオのノアクリーム。庶民が真似て作ったみたいな古い味。なくしたほうがマシね。

クラムパイは地味だけど悪くない。
シナモンは嫌いだからドーナツは論外。

アクロバットケーキもまあまあ。
サンマロウの焼き菓子は外さないわね。ジェラートも安定して美味しかった。

──あなたは。


わ、わたしですか?

ええと、メラゾーマやきそば……。
紅しょうがが特盛りで飽きない味でした。

カルボナーラも美味しかったです。あらびきの胡椒と粉チーズの相性が抜群で。

ムニエルと香草焼きもいいですよ。いろんなお魚の種類があって。
どのお料理も楽しんで作られたものだなってわかって、幸せになります。

でも……わたし胃が小さくて……
ああ……ぜんぶ持ち帰りたいです……









──毒味はすませた? 大魔王城のセカンドスター。


やめてよ。そんな失礼なことできないし。
今日の料理を担当したのは、全員信頼がおける人だから。

今は選択制の孤独を楽しんでる。
この席から聴く喧騒が心地いいんだ。

──素敵な花冠だ。


ああ、うん。

頼まれて摘んできた花の報酬に。
俺なんて最も適していないと思うけど、大魔王命令なら仕方ないから。

手袋はつけてきたけど、ちょっと怖くて、遠巻きに眺めていたら見つけてくれた人がいたんだ。

天使様の近くには女神様みたいな人がいるんだね。とても綺麗で緊張したよ。
思わず花を捧げてしまったくらい。

台無しにならなくてよかった。
たくさんの花も……親愛の証も。

──今日のパーティーについて。


楽しいよ。

昔行った舞踏会よりずっといい。
理解ある衣装係がドレスを作らなかったからね。

──ドレスは嫌い?


大嫌い。

美しい故郷で唯一だった。

──思い出話をひとつ。


今のことだけ考えたくない?

──自由な夜を楽しんで。


あなたもね。








──退屈している?


うん。
暇だから寝てる。

──今日という日について。


知らね。
来いって言われたから来ただけだし。

なにやってんの?

──今日という日の記録を残すためにインタビューをしている。


へー。

──このグラスの山は。


酒。

普段はこんなに飲んだら怒られるじゃん?
でも今日はみんな何も言わない!
そう思うとサイコー!

もう飽きたけど。

──この皿の山は。


飯。
おいしかった!

まだ食べてもよかったけど、めんどくさくてー。
早く終わんねーかな。

──しわだらけのワンピース。


え? しわじゃないよ。
今ぐちゃぐちゃになってるだけ。

これ? さっきケチャップこぼした。
ほんとだよ! 剣没収されたし。

──楽しい夜になることを祈る。


帰んの? あたしも帰る。

違うの? あそ。バイバイ。






──今夜限りのカクテルバーはどう? 先生方。


グレート!

このあたりは静かでいいな。
俺の親友の好みだね。間違いない。あいにく今はうるさい方で捕まってるけど。

あとで攫ってくるつもり。
それまでは人生の先輩からいろいろご教授賜ってる。

やあ、こんばんは。
素敵な夜だね。

少し大げさな彼との話は生産的だ。
僕は弟を呼ぶつもりだよ。話が合いそうだ。

──魅力的なグラスの中身は?


みずみずしいソルティ・ドッグ!
果てを目指した海賊たちの夢の味がするね。

エゼソル峡谷の壮大な塩湖、一度はお目にかかりたいよ。

ノンアルコール・デニッシュ・メアリー。

トマトのジューシーさとアクアビットのほろ苦さがいい。

お酒は苦手だけど、凝った飲み物が好きなんだ。
それでもめったに飲まないけど、こんな夜だから特別に。

※ソルティ・ドッグ ウォッカにグレープフルーツジュースを1:2で混ぜ、グラスの縁に食塩をつけたカクテル。塩まみれになりながら甲板で働く甲板員のスラング。

※デニッシュ・メアリー トマトジュースとアクアビットのカクテル。アクアビットはジャガイモの蒸留酒で、たいてい幾らかハーブが配合されている。

──つまみは何?


お互いの教育理念と友人の話。

それからナッツとスモークチーズにベーコン。

彼ほど熱心で愉快な教育者は見たことがない。
僕が教わりたいくらいに魅力的だ。

特に、話の組み立てがスムーズで親切なんだ。
相手に合わせてすぐにパズルを組み替えられるのは、なかなかできることじゃない。

それに、話の引き出しが多くて感心するよ。
視界に入ったもの全てに関して満遍なく好奇心を発揮して、その上知識がある、素晴らしい。

その知識欲と柔軟な対応力を習って帰りたいところだよ。

ハハ、俺の方こそ。

多くの生徒を見るその包容力に憧れちゃうね。
俺じゃ到底できっこない。

生徒を観察する力が素晴らしいんだ。
それと思いやり、力になりたいという慈愛の心。

まめに記録をつけて管理して、生徒ごとに対応を考え尽くしてる。
手帳のくたびれ具合が雄弁に物語ってたね。

優しいだけじゃない、厳しさの比率も完璧だ。
エルシオン学院の教員は絶対に彼を目標にすべきだね。学院に華々しい功績が増える。

──いい関係だ。友人の話は?


もっぱら自慢話。

そうだね。

あんまり人様に喋るとホントは怒られるんで、俺はパス。


僕だってむやみやたらに思い出の切り売りはできないね。

せっかくのパーティーなんだ、実際に彼らと話をしたほうがずっといいよ。

──それもそうだね。では、いい夜を。


ああ、またダンスの時間に。

思い出に残る素敵な一日になりますように。








──あなたのパートナーがあなたを探していた。


そうですか。それはいけない。
もっと遠くに逃げないと。

一緒にどうですか?

──困ったプリンセスの逃避行に賛成する。


よろしくお願いしますね、共犯者さん。

──パーティーには慣れている?


ええ、一応。

慣れと飽きは比例しません。
今日はとても楽しいです。

ドレスと社交辞令からの解放はなんて心地がいいのでしょう。

我が祖国も見習ってほしいものです。
ドレスコードなど、それぞれの思う最善の服で構わないのに。

──舞踏会は嫌い?


好きにはなれませんね。
退屈と窮屈さで気分が悪くなる。

ドレスを着るのは母と姉だけで十分に思えてしまって、生まれてこの方楽しめた記憶がありません。

みんなが喜んでくれるのはいいのですが。
辟易させているとわかっていても、直前の追いかけっこはやめられません。

──パートナーを困らせるのも?


もちろん。

──舞踏会の思い出は。


陽が空の頂点に登ってから、四時間と二分間を逃げ切ったときのこと。

従兄弟の背をまるまる飛び越えて、父の従者の剣を吹っ飛ばした日はあの日で最後です。

靴底が剣だこだらけの剣豪の手を緩ませて、腕に等しい武器を放棄せざるを得なくなったあの瞬間が忘れられません。

脅しなんかで剣を抜くからこんなことになる。
ハハハ。あの時の皆の顔といったら。

父さんに怒られたから、次は難しいかな。

──高貴なるセンスを認めさせた、このパーティーの目玉は。


優れたバーテンダーによる最高のカクテルと、見て楽しい食べて美味しいお料理とデザート。

ハツラツ豆とタラのフリカッセがおすすめです。
ホワイトソースが格別においしい。

エテーネルスープのミネストローネアレンジも見逃せませんね。

裾を踏まないで済む自由なダンスパーティーも、今日ばかりは楽しみでなりません。

どう楽しんでも最高の夜になるでしょう。
こうして歩いているだけでもとびきり面白い。

さあ、きめ細やかな泡が立つとっておきのシャンパンをどうぞ。
退屈な夜から何度も自分を助けてくれた味です。

※フリカッセ バターで炒めた玉ねぎなどの野菜と魚か肉を生クリームで煮込んだ白い煮込み料理のこと。冬の家庭料理。

──ありがとう。だが、王子様のお迎えが来たみたいだ。


それは残念。
また会いましょう。

素敵な共謀に感謝します。





──後世に記録の残る歴史的な邂逅だ。


ええ、非常に勉強になるわ。
特別に記録を残すことを許可してあげる。

話の途中で割り込んだことも見逃してあげる。
このラブリーレインボーティーに免じて。

あまくておいしー!

研究にはひとかけらの知恵と好奇心、それからテーブルいっぱいのスイーツが欠かせないからね。

今日は甘いものの探求だよ!
類まれなる大賢者様の彼女と一緒に!

──今日のイチオシは?


なんとかマカロンってやつ。
名前がダサいことだけ覚えてる。

キャラメルシュガーのチョコバタークリームがいいわね。
カリカリのドライバナナスライスが好き。

賛否両論のスパイス・ドーナツは大穴逆転ホームラン。砂糖をまぶすとさらに美味しい。

バズスイーツカフェとかいうふざけた店のメニューもなかなかね。名前だけで倦厭したことを軽く後悔するくらいに。

エテーネ王国風のジャケット・ポテトが最高!
遠い昔に友人が作ってくれた味そのものだったよ。

大好きなメギス鶏のからあげもたくさん食べられて幸せ。

デザートばかり食べてるとさすがにおかしくなっちゃいそうだよ。大賢者様はすごいね。

修行が足りないわね。


※ジャケット・ポテト ベイクド・ポテトのこと。まるごと焼いたジャガイモを割り、中身にチーズやビーンズなどのトッピングを加えた料理。

──どんな話を?


魔法とからくりについて教わってたの。
私からは錬金術の話をさせてもらってる!

神カラクリは知っていたけど、モーターや機械的動力に頼らない形態は珍しいね。

私はあんまり魔法は得意じゃないけど、うまくはなりたいから、それも教えてもらってる!

錬金術はとても興味深い分野ね。

発展させるならからくりよりこっちだと思う。
可能性と加害性の低さを感じるから。

長い数式になると正直難解だけど、ノートを取ればついていける。

ひと晩ではとても足りなさそうだけど。

──尊敬するに値するお互いへのメッセージをどうぞ。


私が出会ってきた魔法使いや賢者の中でも彼女は最高の人!

その知恵と豊かな発想力を、未来を生きる人たちのためにやさしい形で残してほしいな。

余計なお世話よ。
言われなくてもそうするわ。

そのために生きてきたの。

あんたも生きるに値すると判断したなら、そうさせてくれたもののために生きなさい。

この言葉が余計なお世話であることを願うわ。

激励をありがとう!

あとでお姉ちゃんも連れて4人で話そうねっ。

まあ、いいわ。
姉さまもあんたのことを気に入りそうだと思っていたところだし。

今夜は特別長いでしょうから。









──最も驚くべき組み合わせだね。


オレもそう思う。
頼むから助けてくれ。

──なんの尋問中で? 花の街のご令嬢。


ハハハ、人聞きの悪い。

いやなに、エルトナ大陸に眠る秘宝に興味が大いにあるものでね。

そのご子孫と会える機会は逃せなかった。
ちょっと勉強させてもらおうと思って!

知らねえって言ってるだろ、マジで!

──眠る秘宝について。


上質な、あるいは変わった業物を集めるのがちょっとした趣味でね。

かつての名匠の刀を何本か記念に持って帰りたくて。

金なら積むんだけど、相手にその気がないなら仕方ないかな。

知らねえから答えようがないだけだっつの!

ハハハ!

──気分転換に、魔界の感想を教えて。


思ったより綺麗だ。死後の世界みたいで。

想像より禍々しくないのは、ある意味では残念でもあるね。

ゼクレスだっけ? あの国が好みだよ。
ぜひ国王様とお話がしたい。あ、魔王様か。アハハ。

大魔王様とも懇意にしたいものだね。ぜひ世界の最も美しい滅ぼし方について意見を伺いたいよ。

オレも初めはびっくりした。

もっとおどろおどろしい場所だと思ってた。
いるやつらも大したもんじゃないし。

前に主人がうるさいんで作ってやった木彫りの人形も喜ばれてた。
ま、悪い気はしないな。めったにやりたくないけど。

この間なんか巫女繋がりで変な虫みてーなやつに話しかけられた。
芸術がどうのこうの、わけわかんねーよ。

ああ、そうそう!
芸術もいいよね、ここ。

先代の大魔王の芸術はサンマロウでも値がつく素晴らしいものだよ。この目利きに間違いはない。
そちらも一品噛ませてもらいたいね。

そうか?
ネチョネチョしててオレは無理。

エルフのやる美術とわけが違いすぎる。
塩むすびとバターたっぷりオムライスくらい違う。カロリーが主に。

──異なる芸術への価値観が化学反応を生むことを願って。


何も生まねーよ。
助けろよマジで。

姉貴に押し付けたいのにどこにもいねーんだよ。
クソ、こういうときに限って。

今の大魔王様は絵画を嗜まれないのかな?
お裁縫好きなのは存じ上げてるけど。

あんた、インタビューして回ってるんでしょ?
情報交換しようよ。もちろん等価交換で。

損はさせないよ。ご一考願えるかな。






──窓辺が似合うね。黒き聖女様。


くだらない話なら断らせて。
あなたの目的は理解しているけれど。

──パーティーは嫌い?


うるさい場所が嫌いなだけ。
それ以外は問題ない。

──この場について。


学びが多いことは確か。

もとより出会いの多い仕事をしているけれど、常日頃から今夜ほどではない。

適切な休憩をとらないと苦痛に変わってしまいそうなので気をつかっている。

──最も刺激的だったニュースをひとつ。


プライベートな話題は詮索しないで。
人との出会いに優劣をつけるものでもない。

出会いはすべてが特別な偶然で、どれもが宝物。
伝聞されて残るものに切り分ける要素はない。

──素敵な一杯だ。


バイオレットフィズ。
浮かれた友人からのサプライズ。

※バイオレットフィズ 柑橘系果実をベースにスミレを始めとした花々を加えたリキュールとフィズを混ぜたもの。

──二人の予定は?


特に無し。

知り合いと過ごして終わるには惜しい夜であることを、彼も理解している。

──休憩中にありがとう。


いい夜を。






──スケッチは順調?


うげえ、つかまった。
逃げ回ってたのに……。

──招待に応じた理由は。


みんな行くって言ってたから。

あと、スケッチ欲に負けた。

──パーティーについて。


落ち着かない。おれなんか不相応だし。
身分的に……。

それに人と話すのも苦手だし、だからこうして隅で大人しくしてる。
それなのに見つけてくるとか、執念やばいね。

まあ、でも楽しいよ。飯うまいし。
知らない場所の文化や暮らしを見れてよかった。

スケッチブックが埋まりそうだ。新品を持ってくればよかった。早く帰って色を塗りたい。

──気に入った被写体は?


ええと、トポル村。故郷の素朴さに似てる。
ベルヴァインの森も、絵本の中みたいでいい。

ゼクレスの様式的な衣装もかっこいい。ネクロデアも幻想的だ。ファラザードも織物の趣味がいい。お土産をたくさん買ってしまった。

おれひとりじゃ危ないからと国を案内してくれたひとが大魔王だったのには腰が抜けるほど驚いたけど。

あ……あと……これ言うと面食いみたいで恥ずかしいんだけど、大魔王の知り合いのお嬢様がきれいだった。

白銀の髪と、氷とアメジストをくだいたような瞳……しなやかな姿勢、ドレスからの解放。
肖像画より美しいひとを見たのは初めてだ。グランゼドーラの勇者姫も。

──よく喋る。


うるせえ。

──友人とは過ごさない?


一緒にいたいのはやまやまだけど、みんな人との交流が好きだから巻き込まれるんだよ、絶対。

ならこうしてひとりではぐれてスケッチしてようかなって。

おれのわがままでみんなの出会いの機会を減らすなんてできない。

こうやって遠くから眺めてるのが一番いいんだ。

おれたちは普段どんな顔をしていると見られるのか、こうしているとよくわかる。

──最後まで楽しんで。


うん。
美しいパーティーの記録を、互いに自分なりの形で残そう。









──こんばんは。偉大なる大魔王様。


ああ。先程ぶりだな。
楽しんでいるか?

──もちろん。今は盟友を?


うん。かしこまるのに少し疲れた。

皆にはリラックスするように言って回っているが、私まで気を抜くわけにはいかなかった。

ひと通り巡回が落ち着いたから、最も落ち着ける身体に戻っているところだよ。

──赤いストールがよく似合っている。


これか?
本当はマフラーなんだけどな。

ストールとしてのファッションを考えてほしいと、珍しく衣装係にわがままを言った。

褒めてもらえて光栄だよ。

──バルコニーに出ても?


もちろん。

落雷装置も切ってある。
夜の風が吹くバルコニーは、記録のための質疑応答に適していることだろう。

一晩限りの特別なデートだ。ご招待申し上げる。















──今夜について。


とても楽しいよ。
見知った顔も知らない顔も幸せそうで。

大した政はしていないが、自分の統治下における平和をこうして見られると嬉しいものだ。

呪い潰した運命も、今は愛せる。

──パーティーについて。


いい仕立ての衣装で歩き回り、それぞれの華々しい姿を見て回る楽しさは今日知ったよ。

普段は祝宴でもここまで気を緩めないから。

料理もドリンクも素晴らしかった。
この場は本当にたくさんの人の協力で成り立っているのだと感じさせられた。

もちろん、たくさんのマカイ・マカロンも忘れられない!

持て囃すための飾った料理は不得意なんだが、あれはいい……
ひとかけの値段を忘れてしまうほどにうまい。

今夜限りの特別なフレーバーを考えたんだが……。
全粒粉ビスケットを挟んだあたりからそもそもの方向性が変わって、今はレーズンサンドとして提供されている。なぜ。

──これまでのこと。


真面目な話は恥ずかしいな。
場所への気遣いに感謝するよ。

小さな村で暮らしていた。
それだけに過ぎなかった私は、光と闇に引っ張り出され、こうして表舞台に上がった。

常に前途多難で、とても正気ではいられない日々の連続だった。
からっぽのままゆるやかに暮らしていけたはずの日々など思い出せないほど。

逃れたいと思っていたが、今では考えていない。

光に灼かれ、闇に食い潰されかけても、その経験が私そのものになってくれた。

閉じた世界で妹と幸福に暮らす人生もきっとよかったが、
自分が守った広がり続ける世界に生きる今の幸福がとてもいとおしい。

それに……今ならわかる。
この人生は、光と希望と祝福に満ち溢れている。

闇すらもこの手に掴んだのだから、あとはいけるところまでいく予定だ。

失ったものも、可能性がある限りは……追い続けてみせる。

いいや、違うな。
希望がとだえても、必ず取り戻してみせる。

──あなたという英雄に、誰しもがついていくだろう。


そうだといいんだが。

──間違いはないよ。


ありがとう。

──そろそろ僕達も筆を置くときかな?


ああ、私が代わるよ。
記録を残すのならば徹底的にやるべきだろう。









──今の気分は。


最高にハッピー!
いい夜だね。絶望と憎悪がはりめぐらされた果ての地を思い出すけど、まあたまにはありかな。

口を開けば失礼ばかりだな、本当に。
インタビュアーがつとまっていたとは思えんが、まあ後で確認しよう。

私もとてもいい気分だ。
未開の地でのバカンスは刺激にも癒やしにもなってくれた。

ご招待ありがとう。

──観光の思い出。


大地の箱舟だっけ? あれいいね。
天使界に法律があったらどうにかなってたぜ。

チラッとしか見てないけど、キュララナ海岸が綺麗だった!
ココナッツミルクも甘くて最高。

モリナラ大森林も空気がおいしかったな。
魔界? うん、まあ全体的に普通。

とりあえずあの玉座やめとけよ。
身の丈にあってない。物理的に。

バルディスタは要塞として素晴らしい地だった。
過去のあやまちを繰り返さない強い信念を感じる。

この城もいい。玉座が個性的で。
建設までの話を聞けたのがよかった。まものと魔族の方々に人権を与えてくれ。

本で見ただけだが、ナドラガンドとやらにも興味がある。
次に機会があれば立ち寄りたい。

──パーティーについて。


ピンからキリまでいろんな料理があって楽しかった!

バズスイーツカフェのメニューが気に入ったね。
僕はふわりん★バズコットンキャンディーが一番好き。

ふざけた名前を相棒に言わせるのが面白くてね。
あっ痛っ殴んなよ今インタビュー中だろ。

てかアンゴラモーアのショルラッグ考えた奴誰?
ちょっと話がしたいからあとで教えろ。

素朴な料理が存外多いのはあなたの好みか。
好みが多かった。握手しよう。

そうだな、あと麻婆豆腐が絶品だった。激辛で。
相棒がひと口でリタイアしていなければ味わえなかった。奇縁に感謝する。

あと、ツクダニという料理がよかったので土産に持ち帰りたい。

食事ももちろん楽しかったが、こうして皆と過ごせたことが本当によかった。

見知った面々が慣れたやり取りをするのも、珍しい組み合わせが話しているのも、見ていて面白い。

それは僕も思うね。
なんだかんだ集まると楽しいよな。

みんな浮かれてふわふわしてて、僕達まで気が抜けたよ。

とっておきの夜になってよかった。
見えない星空の守り人たちが指を咥えて羨ましがってるだろうさ。

※ショルラッグ 厚切りの羊肉を串に刺し、塩とトウガラシ、クミンなどの香辛料をかけて焼いたもの。

──ええと。


思いつかないなら締めでもいいだろう。
もう十分なくらい記録を残した。

──最後にこれだけ。これまでについて。


仕返しのつもりかあ?
あんまり意味ないぜ、盟友ちゃん。

僕は別に。

ずっと天使のままでよかったけど、それじゃ出会えなかったものが多かったし、今じゃよくわかんない。

君と同じで、今が好きだったりするから、昔の自分がそれほど羨ましくないんだ。

帰れば僕を待ってくれている家族がいるし、少し外を見れば友達がいっぱいいて、みんな知らない幸せを教えてくれる。

今日という日を迎えられたのも、困った運命と大天使様のおかげだしね。

私も概ね同意だ。

人間としての自分に慣れていくのは、長年大切に守っていた天使としての矜持が崩れていくようで、はじめは恐ろしかった。

それでも受け入れられたのは皆のおかげだし、そんな皆を、皆が住む世界を、心から守りたいと思う。

これからは彼らと同じ地上で。
高いところから見守るのは、人としての生を全うしてからまた考えるよ。

いいこと言うじゃん。
僕は連れがいるから、君が先に上に話を伝えておいて、快適な天上暮らしをサポートしてくれよ。

断る。お前の泣き顔は見ていられん。
全員見届けてから迎えに行く。それまで待ってろ。

──素敵な時間をありがとう。このパーティーの終わりに、何かひとこと。


こちらこそありがとう。
不思議な縁で実現した不可思議な宴だったが、また機会があれば皆で会いたい。

柄にもなく記録したいと思えるほどに特別な夜だった。

なんか、何かを祝いたい気分だよ。
おめでとう、何か!

元守護天使として……最後に君に祝福を。

次のパーティーもとびきり楽しもう!
その時まで死ぬなよな。

──ありがとう。



──そろそろ夜が明けそうだ。












Feast is over.
The story continues.

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