• もくじ
  • 24/4月号(新既短編集)
  • 23/5月号(ファラ姫/マリマル)
  • 23/4月号(マリエーエリの探偵クラブ)
  • 22/11月号(モモくん短編)
  • 22/5月号(しいゆうネタバレ)
  • 22/4月号(記念イラスト解説、めざいく現パロネーム)
  • 22/2月号(めざいくイメソン)
  • 22/1月号(めざいくネタバレ)


アローラ! 4月です。2024年度の。
今年でこのサイトも3周年になります。え?
いつもご愛顧頂きありがとうございます!

ここでは別に3周年関係ない短編を掲載します。よしなに。


【目次】

・ネオンくん はじめての男女交際編
 婚約者くんと愛をはぐくむネオンくん(ネヴァーセ表記)の短編みっつです。婚約者くんの名前はリテヌートで、音楽用語で「慎重に」「ただちに速度を緩める」などの意味です。
 パドレア邸の人たちや周辺人物がふんだんに出てきます。

・【再掲】ヒナちゃん中心魔界わちゃわちゃ編
 メンツ的にヒナちゃんの短編がほしくなったので再掲です。視点はアパタさんですが注目はヒナちゃんの方へ向いています。ver5リアルタイム時代、懐かしいね。

・ver6-7モモくん 短編
 いろいろ乗り越えたモモくんの短編です。わりかししっとりとした雰囲気。ノリで書き出したやつを無理やり締めたので理論がうまく通ってない気がするけど、まあいいか。
 Twitterに上げた動画のBGMはsaruky氏のEverlast(synchronization)です。



 レンダーシアに位置する錬金術の栄えたエテーネ王国。
 国王弟の一人娘のネヴァーセは、長いこと自分より強い男を求めてあらゆる縁談を反故にしてきた。
 容姿端麗、才色兼備。母親譲りの切れ長の瞳は淡く儚い菫色で、しかし強い光を持ちあらゆるものを力強く見据える。白銀の髪は短く切られているようでいて、実は一つ結びにした長い髪を服の中にしまいこんでいる。その理由は剣のため。鍛え上げられた身体は女性らしい曲線を持ちながらも、しなやかな筋肉をもって凛とそこに在る。この世にまたとない美しい容姿を持っていながら、優れた頭脳と剣の腕を持ち合わせた、まさに女傑。
 王弟殿下の一人娘である彼女は、その類稀なる美貌と能力から国王子息のメレアーデとクオードに並んで近隣諸国にまでその名を知られている。
 男たちは誰もが彼女を妻として迎え入れたいと願った。しかし誰の口から甘い言葉が紡がれようと、彼女は「自分より強い男でなければ結婚などしない」の一点張りだった。身分を選ばす文を送ってくる男全てに手合わせを願い出て、自慢の剣技であっという間にねじ伏せては、「おや」と首を傾げ、指貫グローブから伸びる白い指を顎に添えて「これで終いですか」と退屈そうに宣いプライドをへし折っていく。戦姫どころか戦鬼ではないかと、恐れられる一方で、そのしたたかさに尊敬もされていた。
 そんな彼女がついに婿に迎え入れたのは、とある商人の次男坊。聞いた話によれば、彼女との手合わせに何度も何度も負けたものの、しかし強い意志をもってようやく一本勝ち取っただけの男。
 金色の髪は細く女のようなその身によく馴染んでいる。積みわらのような眉毛におっとりとした垂れ目が皮肉にも可愛らしい。その柔らかい眉毛を引っこ抜いてやりたいとネヴァーセは思う。
 鍛えていないというわけでもないのにその身体は細く、剣の腕前はどうかといえばそこそこのものだった。男にしては小柄なところも気に入らないが、それを補う頭の回転にうっかりと舌を巻いたのは記憶に新しい。物腰柔らかそうでいて商人の息子らしい目端のきくしたたかさを持ち合わせているし、どれだけ膝をついても立ち上がる不屈の精神がめらめらと輝いている。それは運がもたらした偶然の結果だったかもしれないが、ネヴァーセは初めてこの男に剣の腕で敗けた日、彼の腕を引いて密かに見守っていた父親のもとまで引っ張って、
「父さん。彼と婚約します」
 と、これまでのあらゆる縁談話を突っ返したことに対する理由の全てをすっ飛ばして婚約を申し込んだのだった。
 正直なところ悔しさはあったし、認めるのも腹立たしいけれど、彼の立ち居振る舞いがなかなかどうして格好いいと思ってしまったことは否めない。憧れの父の従者ほどどっしり構えてもいないし、格好いい従兄弟ほど目鼻立ちがはっきりしているわけでもなかった。父のように貫禄もないが、それを加味してもあまりある魅力があると直感してしまったし、おつき合いしていくには何の問題もないと思ったしで、自分の横に立ってみるのもまあ悪くはないのではと気が向いてしまったのだ。
「ねえ、ネヴァ」
 その男──リテヌートは、吟遊詩人の管楽器のような若々しく艶のある声をしていた。王族出身の彼女に対してどこか遜っているような甘い話し方をするのも少し気にかかったが、まあそのうち直るだろうと放置している。「なんですか」と問い返すと、彼は困ったように、「その……」と言い淀む。ネヴァーセは促したが、「でもなあ」とぶつぶつ口の中で言ってばかりで進みやしない。彼女は再度促したけれど、それでも話を続ける様子も見えなかったので、仕方なしに続きを促した。
「何です? はっきりなさい」
 催促すると彼はようやく腹を括った様子で居住まいを正す。表情はわかりやすく迷いのなさを見せていて、いっそ清々しい程だった。ひとつふたつ咳払いし、ネヴァーセの瞳を真っ直ぐに見据える。その若々しい声は、やはりどこか甘くて、しかし芯の通ったものだった。
「その……ネヴァは、本当に僕でいいのかい?」
 何を今更と彼女は思ったが、しかしリテヌートは真剣だった。
「君のような素晴らしい女性には、僕なんかよりももっといい人がいるはずだ。僕は商人の息子だし、剣術だって君のお父上やお兄さんにもとても敵わないし……」
「それは私が決めることです」
 ぴしゃりと言い放つと、「うわあ、さすがネヴァ。手厳しいや」とへらへら笑う。情けないことだが、そうやって何もせずにただ笑っているだけの様子もなかなかどうして可愛げがあると思えてしまうので始末に負えない。
「そう思うなら、なぜ何度地に膝をつけても立ち上がり、私に立ち向かってきたのです?」
「それは、その、……きみが、好きだったから……」
「そうでしょう。ならばいいではないですか。それ以上でもそれ以下でもないと思いますが?」
「……そんなにはっきり言わなくても」
 言ってもいいのだ。事実なのだから。ネヴァーセはなんの悪気もなくそう思っている。
 あれ程恥ずかしいほどに公言していたくせに、やけに堪えたらしいリテヌートは肩を落としている。落ち込ませるつもりで言ったわけではないが、あまりにあからさまに打ちひしがれている様子に小さく笑い声を漏らしてしまった。その声に気付いてか、彼はすかさず問うてくる。
「なにがそんなにおかしいのかな」
「いいえ。そんなに細かいことまで気にするのかと思いましてね」
「悪かったなあ。細かいことをあれこれ気にせずにいられるもんか」
 いかにも心外そうに言うので、彼女はまた笑いを噛み殺す。リテヌートの眉尻が下がるのはこの際無視だ。
「別にあなたに気がないなどと言っているわけでもないでしょうに」
 彼の線の細い顎を、ネヴァーセは優しく撫でる。リテヌートは生娘のごとく頰を染めていて、初々しいなと笑いながらその顔を覗き込んでみても、害のなさそうな恥ずかしそうな顔をするものだから面白くて仕方がない。
「ネヴァ、その、うう」
「なんです」
「その……あんまり見ないでくれ。……緊張するから」
 ネヴァーセの指はリテヌートの顎を撫でているし、リテヌートの手は所在なさげに胸の前で組まれている。「ふ、可愛いひと」思わずそう零すと、彼はさらに顔を赤くした。耳や首筋までもを染め上げながら、しかし視線は外さない。やはりこの男は食えない。そこがいいとネヴァーセは思った。
「(しかし……)」
「ん……ん? ネヴァ? あ、え、あの、何……?」
 品の良い服に包まれた薄い胸板を黙って撫で始めるネヴァーセ。鍛えているはずなのに一向に肉感のないその身体は、どう転んでもいまいちとしか言いようがない。
「(……この細さはいただけない。やはりもう少し筋肉がほしい……)」
「ネヴァ? え? な、何だったの……?」
 撫でるだけ撫でてすたすたと歩き始めるネヴァーセを、リテヌートは真っ赤になったまま見つめるばかりだった。

◆◆◆

「こんにちは、パドレ様」
「おお、リテヌート君か。よく来てくれた」
 青い空に浮かぶパドレア邸に訪れたリテヌートを、パドレは朗らかな笑顔で迎えた。あのじゃじゃ馬娘が気に入るなんて一体どんな男が来るのかと思っていたが、彼を引き連れてきたときはなんと華奢で穏やかなことよと驚かされたものだ。幾千もの手合わせを窓越しに見ていたとはいえ、あまりに突然すぎる婚約の申し出にはさすがに手の中の紅茶をひっくり返したものだが、迷いのない娘の瞳に見つめられたら傾きもしようというものだ。何よりあのじゃじゃ馬娘が心から愛せる伴侶を見つけられたことが嬉しすぎる。
 リテヌートに席を勧め、メイドに茶を持ってくるように言った。「どうだ? うちの娘は……君に何か迷惑をかけたりしていないか」パドレとしてはそれだけが心配だった。
 娘はやらんといった物言いではなく、むしろどちらかというと不安の方が強かった。気の弱いリテヌートのことだ。ネヴァーセの押しに負け、なし崩し的に婚約したりはしていまいか。そんな心持ちから出た言葉に、リテヌートは慌てたように「いいえ、そんな」と首を振っている。
「ネヴァは……ネヴァーセ様は本当に素敵なひとです。私の、その……不甲斐ないところも、認めてくださりますし」
「……そうか。それならばいいのだが」
 そう言うと安心したようにリテヌートは微笑む。頰を染めて口ごもりながらだがそれでもしっかりと言い切るその様はどこか誇らしげで、パドレは一つ笑って茶を一口啜った。
 ネヴァーセは気性の荒さも剣の腕前も人一倍どころか百倍強いが、しかし何より綺麗で気高い女性に育った。リテヌートは常々思っている。華やかで整った顔立ちは美しく、いかめしい鎧すらもお洒落に見えるほど麗しい。彼女が力強く語る様は隣にいて心強いし、何より惹きつけられる。風が吹いたらなびく白銀の髪をかき上げて白い額を晒しながら、鋭い双眸を妖しく光らせ、朗々と紡ぐ言葉には重みがある。誇り高く残酷なまでに厳しい言葉遣いはとてもではないが真似できない……その切れ味の鋭さには惚れ惚れするし、そんな彼女がひとりの人間としてリテヌートを認めてくれている。それだけで胸を張れるほどに、自慢の婚約者なのだ。
「それにですね……」
 ネヴァーセのことを語ろうとすると、頰が緩む。ついつい口元も緩んでしまうらしい。パドレはそんなリテヌートを微笑ましそうに見つめ、他者から語られる娘の話に耳を傾けていた。
「……ただ」
「ただ?」
 話がひと通り進んだところで、不意にリテヌートが視線を泳がせる。
「あまりにも気が強いというか、なんというか……」
 パドレはリテヌートのその一言で全てを察し、ああと頷いた。あの娘ときたら、本当にもう……と頭を抱える。しかしまあそれもまた彼女の魅力であるし、何よりそんなネヴァーセをリテヌートが選んだのだから何も言えない。それにしたってもう少しおしとやかというかになってほしいものだが。
「まあ……その。あれはあれでいいところはあるのだし……」
「はっはっは! リテヌート殿、すっかりお嬢様の尻に敷かれてしまったか」
 パドレがフォローするよりも前に、背後から高い笑い声がした。小麦色の肌の上の愛嬌のある垂れ目が細められていて、人好きのする笑みを浮かべる彼は、パドレの従者であるファラスである。リテヌートは彼の姿を認めるなり、「ファラス様!」と勢いづけて席を立つ。
「様は勘弁願うといつも言っているだろう?」
「す、すみません! あの、重ね重ねにはなりますが、その節では本当にお世話になりました」
「いやいや。そなたのあの勇猛果敢な戦いぶりは忘れようにも忘れられぬ。またなにかあればいつでも頼ってくれ」
 ファラスは気さくに笑って、リテヌートの肩を叩く。「ありがとうございます」とリテヌートは嬉しそうにはにかんだ。
 ネヴァーセと婚約できたのは彼のおかげであると考えているリテヌートにとって、ファラスは恩人ともいうべき存在でもある。エテーネの剣豪と謳われる腕でネヴァーセの稽古相手をつとめていた彼は、彼女との手合わせになかなか勝機を見出だせなかったリテヌートにも剣を教えた。ネヴァーセに圧倒されるばかりであったリテヌートに辛抱強く剣の使い方を教えてくれ、彼の指導のおかげでネヴァーセに勝つことができたと言っても過言ではない。
「また稽古をつけてくださいね」
「ああ。いつでも」
 この通り気のいい男だが、しかしパドレの従者であるからには彼女ともそれなりに長い付き合いになるのだろうとリテヌートは考えている。そしてそれはあながち間違いではない。
「ネヴァーセ様もついにご成婚か。昔は俺にひっついて『将来はファラスと結婚する』とまで言っておられたのに」
「えっ。そうだったんですか?」
 素直に驚くリテヌートに対しパドレは額を押さえているだけだったが、ファラスはそうではなかった。はは、と明朗闊達に笑い飛ばしている。
「腕の立つ男性への憧れは幼少の折から強かったようでな……リテヌート殿と出会う直前も、パドレ様に『なんとかしてファラスとの婚約を許していただけないか』と直談判していたのだ」
「あのときは本当に困った……」
 ネヴァーセとファラスの年の差はゆうに二十を超えている。せめて同年代だったならばきっと似合いの二人になっていたことだろうに、とリテヌートは思った。当のファラスは今やけらけらと笑っている。
「まあ、その役目ももう終わりだ。リテヌート殿がついにお嬢様をものにしてくれたからな」
「そ……そうですね」はにかむリテヌート。しかし視線ではファラスを上から下まで見つめていて、密かに自分の容姿と比べ合わせていた。ひまわりのような鮮やかな金髪、筋骨隆々の歴戦の戦士然とした身体つき、そして穏やかに垂れた翡翠の瞳が印象的な甘いマスク。リテヌートには少し持ち合わせのないものか、あろうことか微妙に似ているものばかりである。
「(ネヴァ……まさかだけど……ファラスさんと僕がちょっと似てるから、それで僕を選んだわけじゃないよね……?)」
 内心ではそんな不安もあったが、しかしネヴァーセが自分を選んでくれたことは事実である。リテヌートは気をとり直して微笑みを浮かべた。自信はないが、彼女の言葉を信じられない自分でいるのは嫌だった。そんな夫を持つようでは、彼女も愉快ではないだろうから。

◇◇◇

「ほら、立ちなさい。このままじゃあ帰しませんよ」
「そうは言ったって、うう、僕にはちょっときびしい……」
 庭で剣技の稽古に付き合わされ、へとへとのリテヌートに、ネヴァーセは容赦なく剣先を向ける。普段前線に立つことがないリテヌートはすっかりひいひい言いはじめていた。
「でも、やっぱり身体を動かすのは気持ちがいいね……」
 最後の最後に一撃をくらったリテヌートは芝生に転がるようにして倒れると、頰につく草の感触を楽しみながらそう言った。ネヴァーセはそんなけろっとした様子の彼を見下ろしてため息をつく。
「まったく、よくもそんな余裕がありますね。これはまだまだ遊べそうだ」
「いや、体力は全然ないよ! でもほら、僕はずっと家にこもって本ばかり読んでたからさ。たまに身体を動かすと楽しくて」
 またへらりと笑うので、ネヴァーセはただ呆れたようにため息をつく。
「つべこべ言わない。次はもっと手酷くやりますよ」
「ええ!? いやだよ、手加減しておくれよー……」
 懇願を聞き流しながら木刀でぺちぺちとリテヌートの顔をつついてやる。遠巻きに様子を眺めていた侍女たちは、いつも澄ました顔をしている彼のそんな子どもっぽい様にくすくすと笑ったり、容赦のないネヴァーセの姿にほとほと呆れたりと、観察に飽きない様子である。
「起きてくださいよー」
「んんー、困ったなあ。あんまり苦しい思いをしたら夢に出てきちゃうかも……」
 困ったように笑って頰に手を当てていたリテヌートがそう言ったときだった。転送の門が使われたのを察知して、二人同時に東の方を向く。
「ネヴァ! リテヌート!」
「姉さん、兄さん」
 珍しく連れ立ってやってきたのは、国王子息のメレアーデとクオードだった。公務の間を縫って従姉妹の様子を見に来たのか、国民に愛される華やかな笑みを浮かべながら手を振って歩いてくるメレアーデに、ネヴァーセは夫をいじめることなどすっかり忘れて駆け寄った。リテヌートも慌てて立ち上がり、ネヴァーセに遅れて二人の元へ向かう。
「ご公務お疲れ様です、お二人とも! 今日はどうなさったのですか?」
「偶然時間ができたから、たまには顔を見に行こうと思って。美味しい紅茶も持ってきたの、叔父さま叔母さまとみんなで飲んで」
「ありがとうございます! 一緒にどうです? 自分、支度をしてきます!」
 メレアーデの手から土産を受け取りうきうきと屋敷に戻ろうとするネヴァーセに、「いや、そこまでの時間はない」とクオードがつっこむ。ネヴァーセは即座にがっかりしたように眉を下げたが、リテヌートは穏やかに笑って「また今度の楽しみにしようよ」とフォローを入れた。
「ええ、また今度時間を取ってお邪魔するわ。今日はちょっと様子を見に来ただけだから」
 メレアーデはそう言ってネヴァーセの頭をなでる。その後ろでクオードはリテヌートに向き直り、「元気そうだな」と声をかけた。リテヌートはそれに笑顔で頷く。クオードもまた、リテヌートに剣や戦い方を教えてくれた恩人だった。
「はい、おかげさまで! お世話になってます!」
「それはこちらの台詞だ。愚妹が迷惑をかけていないと良いが……」
「滅相もない、ネヴァには返しきれない恩をもらっています! 彼女はいつも僕に優しくしてくれますし、本当に、僕にはもったいないくらいの人ですよ」
 リテヌートがそう力説すると、メレアーデはくすくすと笑い、ネヴァーセも「そうでしょうとも」と満足気に頷いている。しかしクオードは眉間にしわを寄せてどうにも疑わしげにリテヌートをじろじろと見る。
「……髪が草だらけだが?」
「えっ? あっ……」
 クオードの言葉に、リテヌートは思わずつむじに手を当てた。もちろん彼の言う通りで、さらさらの髪は元気に跳ねてまるで森林地帯に置き去りにされたかのような有様になっていた。慌てて髪についた草を払うリテヌートを横目に、クオードの冷たい瞳はじろりとネヴァーセの方を向く。
「ネヴァーセ、お前……また旦那を稽古に付き合わせたのか」
「だめですか? 身体がなまってないか見ていただけですのに」
 悪気のなさげなさわやかな笑顔で言うネヴァーセにますますうんざりした顔をするクオード。リテヌートはしどろもどろになって助けを求めるようにメレアーデの顔を見るが、彼女は楽しそうににっこり笑っているだけでクオードに味方するでもネヴァーセをたしなめるでもなかった。
「少しは手加減してやれ、この馬鹿力」
「ご心配なさらず、自分は彼の実力をちゃんとわかっていますから。それに彼は私の夫たる者です、遠慮する必要なんてありません」
「お前な……」
 クオードが呆れたようにため息をつくと、メレアーデはまた楽しそうに笑った。そしてリテヌートの方を向いて、申し訳なさそうに眉を下げる。
「……ごめんなさい、リテヌート。ネヴァは誰に対しても稽古をつけるときはいつもあんな感じなのよ。気を悪くしたらごめんなさいね」
「いえっ、とんでもない! ネヴァに教われるなんて光栄です!」
「ほらね?」
「何がほらねだ」
 リテヌートの言葉に胸を張る従妹。その額に軽く手刀を落とすクオード。リテヌートはこの兄妹のやり取りが好きだった。メレアーデの穏やかな感じとはうってかわってはっきりともの言うクオードだったが、その人となりは外見の印象よりもよほど気さくで、ネヴァーセとのやりとりは見ていて飽きなかった。
「お前の手合わせは血気盛んで、いつか本当にやられるんじゃないかとひやひやする」
「そこまで切羽つまった手合わせなど兄さんとは長らく体験していませんが? 軍団長としての指揮に夢中でご自身の剣技の研鑽が疎かになってるんじゃないです? あんまり職務にお熱になられると困りますね」
「別に疎かにしている訳ではない。俺は俺の仕事を全うしているに過ぎないのに、それを鍛錬不足呼ばわりされるのは癪だな。これだから筋肉ばかりの猪頭は」
「ほう、そうでしたか失礼しました。では久しぶりに一戦どうです? グチャグチャにしてさしあげますよ〜」
「ほざけ。五秒で決着をつけてやる」
 楽しそうに睨み合うふたりを見て、また始まったよとリテヌートは相変わらず楽しそうにくすくす笑った。メレアーデも特に何も言わなかった。呆れたふりをしつつも同じくらい楽しそうだから手に負えないのである。
「あら、皆で集まって……楽しそうね」
「母さん!」
 屋敷のほうから声がしたかと思えば、マローネが歩いてくる。マローネはネヴァーセの母であり、リテヌートにとっては義母にあたる。物腰柔らかで慈愛に満ちた人柄が、リテヌートは好きだった。
「こんにちは、叔母さま。少し久しぶりね。最近はなかなか時間がとれなくて……」
「ええ、忙しいと聞いています。あまり無理をしてはダメよ? あなたは昔から頑張りすぎるところがあるから……たまには息抜きをするように。あなたたちが元気でいてくれれば、私も嬉しいから」
「ありがとうございます、叔母さま!」
 場がぱっと華やぐ笑みを浮かべるメレアーデに向ける笑顔もまた優しい。ぴりぴりしていたクオードもいくらか毒気を抜かれた様子で、マローネとメレアーデを見つめていた。
「そうそう、マドレーヌが焼き上がったの。食べていきませんか?」
「えっ! 叔母さまのマドレーヌ! うーん、それは魅力的だわ。ちょっと悩むかも……」
「姉さん……ただでさえ公務の途中なのに……」
 手を叩いて提案したマローネに、メレアーデは大げさに悩みはじめる。クオードがまた呆れた顔になってしまったので、リテヌートはひそかに笑ってしまった。クオードはリテヌートの知るネヴァーセの周りの人物の中でもとりわけ苦労していると思う。いつか胃に穴があかないものか不安になるが、なんやかんやで幸せそうなのでリテヌートにとっては微笑ましかった。
「そ、そうだったわね。ごめんなさい、また今度いただきます!」
 ちらちらと時計を見てから、メレアーデは慌てた様子でネヴァーセの方に向き直る。
「そろそろ行かなきゃ。また今度、時間のあるときにゆっくりお話ししましょう」
「はい、ぜひ!」
 メレアーデが去ったあともしばらくクオードは仏頂面だったが、やがて諦めたように息をついた。そしてネヴァーセの額を小突いてから転送の門へ向かっていく。
「次は手合わせしましょうねー」
「またその話か、この馬鹿力。相手しろと言われても一回三秒で終わらせてやるからな」
「一回と言わず! 気がすむまで! ぜひ!」
「この強肩女め……」
「夜道と転落にはお気をつけて〜」
 クオードがネヴァーセをにらんだところで、メレアーデが転送の門を起動させる。光とともに空飛ぶ屋敷を去った二人を見送ったところで、マローネが「さて」と手を合わせた。
「お茶の準備をしましょうか。今日は家族でゆっくりしましょうね」
 マローネの言葉に、リテヌートもネヴァーセも嬉しそうに頷いた。彼女の焼いた菓子と楽しむ紅茶は、家族が揃って過ごすことができる団らんのひとときのうちでもとりわけ楽しく穏やかで、幸せなものだった。

「その程度とは元宝石商の名が廃りますねぇ、ユシュカさん。もう出せる手が無いのではありませんか?」
「ぐっ……こんなところでお前なんかに負けるわけには……」
「今更無駄なあがきですよ。これで最後です……さあ目を閉じて。一秒もしない間に終わっていますから──」

 ──ぱさり。乾いた音と共に繰り出されたのは7のスペード。
 残りのカードを投げつけるようにユシュカに押し付けると、魔盟友は甲高い笑い声を響かせた。 
「あーっはっはっはっは! 見ましたか!? 魔盟友ちゃんの美しいカード捌きを! 四人の魔王さまを相手に五連勝とは自分の才能が恐ろしいですよ、まったく! 」
「く、くそ……この俺が大富豪になれないなんて……一体何が起こってるんだ……!?」
「いいから早くカードを出せ」
 立ち上がり天を仰ぎながら誇らしげに声を上げる魔盟友は随分とご機嫌だった。それが気に食わないらしいユシュカとヴァレリアは先程からずっと眉間にシワを寄せ、手札を睨んで唸っている。私はアスバルと顔を見合せ、困ったように笑う彼に肩を上げてみせた。
 魔盟友がここまで楽しそうなのもなかなか見かけない。このまま気の済むまで勝たせてやろう……。心の中でそうひとりごちりながら、適当なカードを放り投げる。

 アンルシアたちはもちろん、モルフォーサムの三人も大魔障期から世界を救わんと声を上げてくれてから、少しの時が経過した。来訪者が増えて以前よりも騒がしくなった城で、ふとユシュカがかけてきた言葉から全てが始まったのだった。

「なあ、アパタ。お前の連れとどうにかして打ち解けておきたいんだが、何かいい案はないか?」
「ほう。親睦を深めたいということか?」

 話を聞くと、元々敵対していた者と協力だなんて当たり前に抵抗があるものだから、それを受け入れた上で親しもうという意思を明確に見せ、この緊張状態を緩和していきたいのだそうだ。確かに言い得て妙であり、これは名案だと私は感じた。
 私でさえ最初は受け付けなかった魔界だ。より多くの憎しみを抱えているはずのアンルシアやシンイが、すぐにこの輪の中に入れるとは到底思えない。レクリエーションでもなんでもして、柔らかい空気作りをしておくのはいい事だろう。

「そうだな。あまり敷居の高くない……というか、手間のかからないものがいい。相手も警戒するだろうし、何より私がめんどくさい」
「めんどくさいとか言うなよ」
「冗談じゃ。まあ時間をあまりとってられんのは事実だし、ここはこう……軽いゲームとかどうかのう。大富豪なんてどうだ。今アストルティアじゃ大流行中らしいぞ?」

 私は懐からカードケースを取り出して見せた。先日自宅へ戻った際にベリルから贈られたものだ。

「アパタさまアパタさま。最近のアストルティア情報を教えてあげるの!」
「ほう、それは助かるな。その手に持っているものが関係してるのか?」
「はいなの。これはなんとっ、大富豪ができるトランプカードなの!」
「……大富豪。随分古典的な……」
「クラシックなのが流行りなの。レトロなのがブームなの! 主流のローカルルールがあるから、今からみんなでやってみるの!」

 そう言われるがままにプラコンたちと久方ぶりのわちゃわちゃを過ごしてきた。何ゲームしたか覚えてないほど盛り上がったので、そのうち魔界の者にも(特にアスバル)教えてやろうと思っていたところだった。
 ユシュカも私と同様の反応をしていたが、『主流のローカルルール』とやらを解説してやると段々と目を輝かせ、面白そうだ、これにしようと快諾した。とりあえずリアクションを見てみようと思って三魔王に声をかけ、暇そうだった魔盟友もかち合わせてみた──それが今、なのだが。
 おっかなびっくり、あの計算上手で小賢しいユシュカをも凌ぐ強さを魔盟友が持っていたとは。私も結構想定外だった。

「魔盟友ちゃんに貧民にしてもらえるなんて光栄でしょう!? ねえ、ねえねえねえ」
「あーもううるさいのう! 私は平民だが!?」
「ごめんねアパタ。僕、あがり」
「続けて私もあがらせてもらう」
「俺だってこれであがりだが!?」
「なっ、お前ら……! ……ここに来て大貧民とは……」
「ほほほほほ! 争え争え愚民たちよ。最後は結局魔盟友ちゃんが勝つんですから!」
「勝ち逃げなぞ許さぬぞ、忌々しい魔盟友め。もう一度だ」
「良いですよぉ? 何度でも恥をかかせてあげますからっ」
 見たことないくらい爽やかな笑顔で言い切る魔盟友。毎度毎度魔界生まれなのも納得がいくえげつなさでカードを捌くので、特に強くも弱くもない私は苛烈な心理戦を繰り広げるガチ勢の陰で萎縮する他なかったのだった。それでもなんとか平民あがりをキープしていた──本気同士は本気同士しか意識していないので、熱意がまちまちの私は密やかに手札を減らすことに成功できていた。一応、カードを扱う占い師としての微々たる意地でもある──のに、ここへ来て大暴落だ。
 なんだかんだいって、負けるのは悔しいものだ。魔盟友にカードを献上しなくてはならないのがむかつくし。まるでどこかの王様のようなずっしりとした態度と微笑みで私からジョーカーと2のハートを徴収していく様子はわりと本気でイラッとくる。
「たっだいまー! なにしてんのー?」
「モモ、戻ったか。何事も無かったか?」
「うん! 楽しかったよ! イルーシャも喜んでくれたし、俺も嬉しいっ」
 扉をばーんと開けて現れたのはお姫だった。イルーシャがスケッチしに行きたいと言うので、代わりの同行を頼んでいたのだった。モモの後ろに彼女の姿は伺えなかったが、きっと絵の仕上げのために自室へ戻ったのだろう。
「大富豪だ。お前もベリルたちとやったんじゃないか?」
「うんうん! やったやった! いいなあ、後で俺も混ぜてー」
「ああ、いいよ。私の引き継ぎという形で良ければ今からやったらどうだ。大貧民のしけた手札だがな」
「いいの!? やるやるー!」
 懐いたまもののように飛びついてくる少女にカードを差し出す。ちょうど疲れてきたし、環境の変化があっても悪くないだろうと思っての行動だったが、調子に乗りに乗っている魔盟友には当然のように煽られた。いちいちキレていられないので流したが。
「では6ゲーム目、開始!」
 審判でもなんでもないが、運営側に回れば文句も言われないだろう。手を挙げて合図すると、大貧民の私から手札を受け継いだお姫が早速嬉々としてカードを差し出した。
「はい! 革命!」
「はっ?」
 その場の多くの者がその言葉に硬直した。
 私は自分の手札を今一度思い返してみた。そう言えば、ちょうどいい事に3456のカードがあったような。皆困惑は隠せないが、どうにか現行するゲームへ意識を戻す。……しかし、モモの大暴れは止まることを知らなかった。
「うーん、4かー。あっ! でも俺ちょうどスペ3返しできるよー」
「なっ……!?」
「そーだ! そろそろ弱い手札ばっかりになってきたし、革命返しするね!」
「思いつきで革命返しするな!自分でしたくせに!」
「民がどうなるか考えられんのか!?」
「あ、7パサーしてあがりだー。はいっこれあげる!」
「ちょっと!? 都落ちじゃないですかっ!」
「ルールがルールならだけど、下克上までいったねえ……」
 まさに波乱だった。あっという間にモモは6ゲーム目を駆け抜け、見事に大富豪へ登り詰めてしまった。どん底に叩き落とされた魔盟友がわなわなと震えている……。
「あの手札でどうやったら二回も革命起こして1位抜けできるんだ……」
「えへへ。みんなが出したカードがちょうどよかっただけだよー」
「こ、こんなの認められません! もう一回! もう一回です!」
「お姫が勝ったんなら、俺なんかもう終わりでいいや……」
「モモの勝ちならば仕方がないな」
「それもそうだね」
「なにがそれもそうなんですか!? 絶対絶対認めません! もう一度ですー!」
「ていうか今のゲームも終わってないし。魔盟友以外は」
 私の指摘をスルーして、顔を真っ赤にぎゃあぎゃあ騒ぐ魔盟友。こっちの方が落ち着くと思ってしまったが、うるさくて辛抱たまらない。額を抑えてはあっと大きくため息をついた。

 その後、興味を示したイルーシャやネオンが魔王らと入れ替わりで参加したが、いずれも謎の豪運をもちあわせており魔盟友が日の目を浴びることは無くなってしまった。魔盟友は身体中の血が煮えたぎっているのではないかと錯覚するほど赤くなって怒りまくっていた。すっかり観戦客となった我々だったが、さすがに同情せざるを得なくなっていた。
 後日、私は魔盟友の部屋には前からくたくたになった「必勝! 大富豪」なる本が収納されていたことを奴のプライベートコンシェルジュから小耳に挟んだ。彼女の生粋の負けず嫌いの性根をよくよく思い知った私は、その涙ぐましい努力を静かに称えたのだった。

 自分の指先から響くつたない音色。
 最後に聞いたのいつだったか、もう随分と前のことのように感じる。記憶はいつしか自分が生きた年月よりも昔のことのように褪せて刻まれていて、今はろくに思い出せそうにない。夢の中でだけは、曖昧ながら輪郭を手に入れて、あの日の記憶を手の中に取り戻すことができる。



 白と黒の鍵盤は見ていて味気ない色なのに、そこから奏でられる音楽はいつだって色あざやかだった。従姉妹の手が踊るのを見つめながら、何をするでもなく、ただ聴き入るだけの時間は心地好い。
 音楽は好きだが、客間のピアノを私室に置かせてほしいとねだるほどでもなかった。父たちが剣を振るうさまを見ていると真似たくなるが、菓子作りとか編み物とか、ピアノは見ているだけで十分だった。物事への興味は人それぞれで、好きという言葉にもものによって変わるのだと、モニハは最近わかってきた。自分がやろうとは思わないことも興味がないわけではないから、こうして姉のピアノだって楽しんで聴くことができる。
 青い瞳が楽譜の最後を見つめて、鍵盤を走る指もゆるやかに止まる。ひとり分の小さな拍手にも、姉は見事なエテーネ式の拝礼をしてみせた。お姫様とはこういうひとのことを言うものだ、とその姿を自慢に思う。
「どうだった?」
「すごくよかった! さすが姉さん!」
「ふふ、ありがとう」
 月並みな褒め言葉にも心から嬉しそうに微笑んでくれる。しかし、今日はすぐに困ったように「でもね」と眉が下がった。
「ひとりじゃ完璧には弾けないの。この曲、本当は連弾なのよ」
「なあにそれ」
「二人で一緒に弾くことよ。同じピアノの前に座って、別々の音を鳴らすの」
 鍵盤に指を沈めると高い音が鳴る。先程の演奏も十分に立派だったが、どうやらよりよくなる方法があるらしい。「へえ」と気のない返事をしていたが、メレアーデはそんな妹にぐっと距離を詰める。
「ねえ! あなたもピアノ、やってみない? 一緒に弾きましょうよ!」
「ええええ?」
 突拍子もない提案だった。モニハはすぐに無理無理と首を振った。暇さえあれば外を走りまわっているような自分が、こんな繊細な楽器なんて扱えるはずもない。
「できないよ、ピアノなんて弾いたことないもん」
「もうひとつのパートは簡単だから大丈夫よ。音の場所を覚えればすぐにできるわ。私が教えてあげる!」
「俺、こういうこまかいこと苦手だし……」
「私も最初は指がもつれてうまく弾けなかったわ。一曲弾くのにも一ヶ月はかかったかしら。初めはみんなそんなものよ。ね! だから大丈夫!」
「え〜……」
 あなたならできる! と妙な信頼と共に肩に手を乗せてくるメレアーデにモニハはすっかり困ってしまった。どうしても、自分がメレアーデと同じようにあの椅子に座ってピアノを弾く姿が想像できなかった。彼女みたくすらっとした指もないし、似たり寄ったりに見える音符の種類を簡単に覚えられる気もしないし。こういうとき、照れくささと自信のなさからもじもじとしてしまうのはよくあることだった。
「なんでも挑戦が大事なのよ! お願いお願い、メレアーデ姉さんかわいい従姉妹と一緒にピアノが弾きたいわ」
「うう〜、そういえば俺が動くと思って……」
 珍しくわがままを言って食い下がる従姉妹にすっかり弱ってしまう。いつもは自分が振り回す側なので、たまには従姉妹孝行でもするべきなんだろうか、なんて思い始めてきた。大好きな姉のお願いとくるとことさら断りにくくなってくる。
「…………ちょっとだけなら。できなかったらすぐやめるけど!」
「ほんと! やったー!」
 無邪気に喜ばれるとますます引けない雰囲気になる。「頑張りましょうね!」とすっかりやる気の従姉妹に抱きしめられながらも、やはり自分がこの楽器を自由自在に扱えるようになるとはとても思えなかった。
「叔父さまと叔母さまにも披露できるくらい上手にしてみせるわ! いつか聴かせてあげましょうね!」
「む、無理だよ! 勝手に決めないでよ!! 俺やんないからね!!」
 そうして強引にピアノの前に座らされて、確かにそう難しくはない曲を熱心に教わった。人前で披露できるほどはうまくなれなかったが、自分でも意外なくらい弾けるようになっていって、そのうち本当に両親の前で弾くことになってもいいかもしれないと思うようになった。
 結局最後まで完璧に弾けることも、両親に聴かせることもできないまま、自分はあの世界と切り離されてしまったが。


 扉の開く音で現実に引き戻されると、途端に蘇った記憶は色を淡く落として消えてしまう。うたたねをしてしまっていたらしい。モモはぼんやりと開いた目に現実の景色を映した。ソファで寝入ったせいか身体が軋んで思わず顔をしかめると、顔を覗かせたアパタが「あ……すまん、起こした」と声を抑えた。帰る家には自分と同義の存在の、しかし違う彼女がいると思い出すと、いつものことながら少し気分が憂鬱になる。
「いいよ、気にしないで。どうかした?」
 すぐに身を起こすと、アパタは気を遣っているらしく眉を下げる。「やることなくて暇だっただけ」と付け足すと、ようやく用を話し始めた。
「力仕事ができる人手が必要そうでな……」
「わかった、俺もいくね」
 断る理由もない。さっさと立ち上がる姿に「心強いよ」と笑うアパタの顔を見ていると、意味もなく手伝わないなんてこともできなかった。


 掃除を任された部屋には大きなピアノがあった。モモのいた世界のパドレア邸にもこれはあって、父が取り寄せたものとは聞いたが、父も母も従者たちも弾いている姿は見たことがなかった。壊してはいけないからとモモ自身もあまり触ったことはなかった。たぶんここの一人娘も「田舎者に弾けるわけがない」とか言ってこの楽器に大した関心は寄せていないのだろうが、侍女の手によって埃一つなく清潔な状態が保たれている。
 力のいる家具の移動や荷物運びが終わってひと息ついたとき不意に視界に入った、深い青のピアノ。なんの気もなしに近寄って、なんとなく鍵盤に指を乗せてみる。静かに沈めると、静かに音が返ってきた。練習した曲の、はじめの一音だった。
「(さすがに弾けないか)」
 孤独でぬりつぶされた記憶の片隅に縮こまるわずかな練習期間のことを思い返して、モモはひとり肩をすくめた。きっと試したところで指はもつれるし、次はなんだっけといちいち止まるし、誰に聞かせるでもない下手な音楽は自分の耳にも挟みたくないし。自分は主旋律を彩る音色ばかりを練習していたから、とても原型をとどめたものにはなる気配もしなかった。
 それでもなんとなく椅子に腰掛けたのは、単なる気まぐれでしかなかった。居候にすぎない自分が触れるにはおこがましい相手に思えたが、ちょっとした働きの対価として、少しくらい貸してもらってもいいだろう。なんとなく、許される自信が自分の中にはあった。

 ブーツの底でペダルを踏み、少し遅い動きで鍵盤に指を添えていく。姉の後ろ姿や、自分に教えるときの姿を思い浮かべながら、たどたどしく主旋律を思い出していく。自分が思うよりはうまくいった。本来の速さに引き上げると少しテンポが乱れたが、次の節で取り戻せないほどでもない。
「(ああ、意外と……)」
 楽しいかもしれなかった。
 姉に教わった指さばきを身体が覚えてくれていた。指が鳴らす曲を聞いて脳が遅れて理解する。それをなぞるように幼い自分が送った眩しい日々が頭の中で花開いて、モモは正しい音を選びながらぼんやりとしてしまった。取り返せない居場所とそっくり同じ場所でこうして弾くはずだったピアノを弾いていることは、ある種の異常で、ある種のギフトだった。自分の運命には許されていなかったはずのひとときが許されているような、不思議な心地だ。
「あ」
 順調に弾んでいた音色が不意に乱れる。不可解な雑音に思わず手が止まる。
「(まあいいか)」
 それでもそう思い直して、また手を動かす。褒めるに値しない崩れた曲も、姉は愛してくれていた。
「(やっぱり下手だな)」
 ただでさえ未完で拙い音楽は、自分を引っ張る主旋律を待っているばかりで聴くに堪えない、ただの音の連続だ。それはこれからも一生続いて、天使たちが待つ死者の世界に行ったとしても、けして叶うことはないのだろう。何かの気まぐれで、誰かと弾けるようになったとしても。
「(完璧には弾けないよ、姉さん)」
 ここにひとりではどうしようもない。


 曲の終盤に差し掛かったところで、自然と手が止まった。身体も覚えていないところまで来てしまったらしい。まだ練習途中だったのか苦手な場所だったのか、とにかくわからなくなってしまって、「ああ、ここまでか」とひとりごとが溢れる。
「まあ、さすがにね……あー、なんだったかなあ」
「レから始めて十二小節とほぼ同じ流れへ」
「あ、そうだったそうだった。確か半音上がって、主旋律と合わせるとはなやかな音になるから、姉さんが気に入ってて……うわああ!!」
 椅子ごとひっくり返りかねないほどに驚くモモに声をかけたパドレまでもびくりと肩を揺らした。いつの間にできていたたったひとりのギャラリーにばくばくと心臓が早鐘を打ち始め、「い、い、いつからそこに」と問いただす声もいくらか震えていた。
「す、すまん。ピアノの音が聴こえてつい……結構最初の方から……」
 気まずそうに言われた言葉にモモはかっと顔を赤くさせる。聴かれていた。それも自分が聴かせられかねなかった相手……とほぼ同義の存在に。モモは椅子とピアノの間に滑り込み、情けない顔を隠そうとすっかり身をかがめてしまった。
「勝手にピアノ触ってごめんなさい……」
「そ、それは全く気にしていない。いくらでも弾いてくれて構わないんだが……悪いことをしてしまったな……」
 そこまでの反応をとられるとは思っていなかったか、パドレの声と表情が沈んでいく。普段はなんとか取り繕うのだが、もはやそれどころではなくなっていた。自分でも驚くくらいに恥ずかしくてどうにかなりそうになっていたのだ。
「…………その……いい音だった」
「それはピアノに言ってください。俺の下手な演奏のことは忘れて!」
「下手なんてことはない。とても丁寧で、楽しげで……聴いていて心地がよかった」
 不器用な褒め言葉に耳を貸さないつもりでいたモモは、三角座りをして膝に額をこすりつけ、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように掴んでいた。気を遣われるのが一番嫌だと思っていた。しかしパドレは心からの言葉を口に出しているにすぎなくて、美しい心から滲む優しさのせいで余計に直視ができなかった。
「俺も好きな曲なんだ。確かメレアーデも好きだったな。彼女から教わったのか?」
「……そうです。いつか一緒に弾こうって。俺へたくそだし、全然覚えられなくて、結局一度もちゃんと弾けなかったけど……」
 慌てているのか早口で話すパドレにぼそぼそと返すモモ。大事なのはうまく弾くことではないとか言われても、荒ぶる心は落ち着きようがない。
「父さんや母さんにも聴かせられるくらい上手くしてあげるって言ってもらえたのに、これじゃ顔向けできないや」
 挙句そんなことを言って、さらに困らせてしまうばかり。
 沈黙が喉を圧迫する。しばらくパドレは椅子から覗くポニーテールの頂点を見つめるばかりでなにも言葉が出なかった。まだぎくしゃくしてしまってうまく話せない間柄ゆえに、こうしたことはたまにあったが、今回はいつになく重たい。
「……俺の娘にも、このようにピアノを弾く未来があったのかもしれないと……考えてしまったよ」
 だからこそふいにこぼれた包み隠さないその言葉に、モモはつい顔を上げた。ちらと入り口の方を見ると、眉を下げて微笑むパドレの姿が見えた。憧れてその背を追いかけた、自分の父と変わらぬ佇まい。
「俺は俺の運命を認めているし、後悔もないが……今、君の父君がうらやましいと思ってしまった。娘から曲を贈られたら、どんなに嬉しいことだろうと」
 寂しげで静かな言葉に詰まったものを見て、モモは息ができなくなった。理由を説明できないような思いがどこからか生まれて、心と首を締め付けてくるようだった。
「その……誰しも初めは下手な状態から始めるわけであって……練習途上の自分の成果はあまり卑下するものではない。それにこういった表現は込めた意思や懸命に励む過程にこそ価値があるというもので……技術面に納得がいかずとも、そもそも君はまだ若い、これからいくらでも上達の見込みは……うおっ!?」
 また早口でまくし立て始めたパドレだったが、椅子の影にいたはずのモモが顔を上げて、あろうことかぼろぼろと涙を流しているのを見て、思わず素っ頓狂な声を上げた。自分がどうにも不器用なことは知っていたが、複雑な過去を抱えた彼女を泣かせてしまうほど無神経だったとは想像がつかなかった、と思っていた。
「すすすすまない、うまいことを言えず。勝手に耳をそばだてて聴いていた身でおこがましいことをしてしまった……!」
「ちが、違います。そんな慌てられたら……ふふ、素直に泣けないや」
 あまりに焦るので、モモは結局笑ってしまった。自分がなぜ泣いているのかも一瞬で忘れてしまうほどに、その慌てっぷりが面白い。「ごめんなさい、気にしないで」といくら言っても納得のいかなそうな顔が、ますます面白かった。
「ありがとうございます。なんか嬉しかった」
 涙を拭いながら言った言葉に「礼を言われるようなことなど」と渋るパドレ。「俺がいいんだからいいの!」と笑うと、ようやく少し落ち着いてくれた。
「ピアノ……これからも弾いてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。ピアノも浮かばれることだろう。俺も席を外すようにするから……」
「あはは、なんでそうなるの。へたっぴで恥ずかしいけど、嫌じゃなかったら、また聴いてもらえますか」
 昔の自分が喜んでくれている気がした。すっかり変わった今を生きる自分も、目の前の父に似た同一存在の彼に聴いてもらえることに、どうしようもないほど救われるのを感じていた。
「嫌なわけないさ」
 柔らかく笑ってくれたパドレに溌剌に笑みを返す。呪うばかりだった自分の人生にも、少し光がさし始めたことを、ああそうだったと思い出した。

7月号↓

 アローラ! 7月が終わりますね。冗談?

 最近はあっついのて何もする気が起きません。ただただ寝ていたいです。ポケモンスリープを始めたせいで睡眠へのモチベが高すぎる傾向にあります。

 もうすぐ期末課題が終わるので、早いところ片して作業に集中したいところですね。熱い夏が始まるぜ!


 5月頃に掲載したダリマルキーマリの続きっぽい感じで、組み合わせを変えてみました(もちろんカプ的な意味では全くないです)。
 書いてて思ったというか思いついたというか、相貌失認のないダリアーロはもちろん(?)キークも面食いなのではないかと考えました。
 ダリアーロくんは普通に人並みに美人が好きで、きーくんは芸術的な美しさにタジタジになるor凝視してしまう、というイメージです。

 そんな感じでよろしくお願いします。
 2話目が異常に長いのでそこはすみません。


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【ダリマリ】

 約束の時間までは余裕があるが、気が急いて仕方ない。いつの間にか着ていたライトグレーのデニムジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖のボタンを留め直したところでふと我に返った。
「いや、別にはりきってオシャレしたわけじゃないし。変な勘違いはやめろ」
 自分で自分にツッコミを入れるように言って、改めて目の前に見える自分を見た。普段通りの格好に少し手を加えたくらいの、ごく普通の自分が映っている。
 待ち合わせのカフェはテラス付近の店内席がガラス張りになっていて、中から丸見えの状態だった。時間より早く来てしまって、通り過ぎていく人々の情報量に気分が落ち着かない。時計を見て、さすがの彼女もこんなに早くは現れないかと、ダリアーロは頬杖をついてぼんやりと人の流れを眺めた。このままではコーヒーを飲み終わってしまう。冷め始めたそれに生まれ始める酸味まで楽しみたいのに、コップを傾けるくらいでしか気を紛らわすことが出来なくて、あーあと内心嘆いた。
 カップを下げた時、覚えのある顔が見えた。
 こちらに向かってくるのを視認した瞬間──思わず「げっ」と声を上げてしまった。その人物は彼を見つけるなり小走りに駆け寄ってきて、ダリアーロの眉間のシワにも気づかず開口一番にこう言った。
「ディーじゃーん! 久しぶりだねー!」
 待ち合わせをしていた相手とニアピンの存在──つまるところ、マルシエッテの姉、マリエーエリだった。
 兄と姉、弟と妹で接点があったのがこの兄弟と姉妹の奇妙なところだった。互いの兄と姉の存在に気づいたのは、あるいは気づかれたのはいつの頃だったか、記憶も定かでないほど自然だったと思う。いつのまにやら仲良くなっていた。
「えー、なになに? かっこよく決めちゃって! 今日はアレですか、デートですかぁ〜」
「ほっとけー」
 ニヤつきながら茶化してくるマリエーエリに苦い顔をしてみせた。しかし、すぐに「まぁ、そんな感じ」と答えるあたり、まんざらでもないのである。
「うわ、やっぱそうだよねー。なんかごめーん」
「絶対悪いと思ってないだろ……まあいいけどな。エリさんは?」
「アタシは買い物! 新しいネイルを買いに来たの」
「へえ」
 指先でパールグレーの爪先を撫でながら、「でもやっぱちょっと失敗だったかなぁ」と彼女は首を傾げた。
「キラキラしてかわいーと思ってつけてみたけど、うーん……やっぱ白黒だと地味かなぁ」
「そうかぁ? いい色だと思うけど」
「ほんとにそう思う?」
「もちろん。お姉さんのきれいな肌によく似合ってますよ」
「あはは、なにそれー。でもありがと!」
 軽口を叩き合い、お互い笑い合う。偶然でなくとも、こうして二人で会うことは案外少なくなかった。価値観や生き方こそ違えど、それとないテンションや会話のノリが似ているからかもしれない。物静かなキークとマルシエッテの方は、そういう点ではまだ対照的だったが。
「ま、兄貴の好みに寄せるならラメは余計かもな」
「えー? なんでそこでキーくんが出てくるのよ。そういうんじゃないしぃ」
「はは、どうだか」
 マリエーエリは一瞬ムッとしたような表情を浮かべたが、すぐににやっとした笑みに変わった。
「そういうディーは? マールとどうなのよ?」
 そこを突かれると痛いのか、ダリアーロは思わず言葉に詰まった。
「その顔は何かあったんでしょ! こんなとこで別の女の子とうつつ抜かしてたらさすがのマールも愛想尽かすぞー?」
「口を開けば全部余計なお世話だな。そのマールとの待ち合わせなんだよ」
「え! そーなの!? アタシめっちゃ邪魔しちゃった?」
「うん邪魔。道のど真ん中を並んで歩く中学生くらい邪魔」
「それは……相当邪魔だね!」
 とはいえ、実際のところはお互い様のようなものだ。ダリアーロもマリエーエリと出かける約束をしている兄をむやみやたらにからかったり、その逆もしかりといった具合であった。
「マールもひどいよねー。ディーとのお出かけならそうと言ってくれたらいいのに」
「茶化されんのがイヤなんだろ。姉貴なんだからそれくらいわかってやれよ」
「あ、そうか」
「そうかじゃねーだろ」
 お互いのきょうだいの恋路を肴に盛り上がる会というのは傍から見たらなかなか滑稽かもしれないが、そんなことが気にならぬくらいには二人の波長は合っていた。
 ひとしきり他愛もないやりとりを楽しんだ頃、マリエーエリがパッと顔を上げ、「あ、きた!」と店の入口の方を見た。遠くから近づいてくる、見慣れた顔を認めてダリアーロも視線をそちらに向ける。彼女の姿を目にした瞬間、ダリアーロはふっと頬を緩めた。
「待たせてごめんなさい」
 早足で歩み寄ってきた彼女に「おう」と手を上げる。いつもの深い緑の髪をゆらりと垂らした、彼女の外出用のこなれた服装に目を細めると、隣にいたマリエーエリがにやにやしながら肘で小突いてきた。無視に徹することにした。
「待ったなんてことないぜ。俺も今来たとこだよ」
「そーだよそーだよ。5分くらいしか喋ってないよ」
「……なぜ姉さんがここに?」
 今更ながら姉の存在に首を傾げるマルシエッテ。なぜ待ち合わせ場所にいた友人が姉と談笑しているのだろうか。
「てか待ち合わせ時間になってすらねーじゃん」
「ほんとだ! 二人とも今日のお出かけ楽しみだったんだねえ」
「最低限の礼儀です。姉さん、今日は外出する日ではなかったはずでは」
「そうなんだけど〜、天気があまりにもよかったからさぁ」
「……そうですか」
 マイペースな姉にさっそく翻弄されて疲れた顔をしている。マルシエッテもダリアーロも、彼女を、こういう人だと知ってはいた。なんとなく憎めないというか、憎む気にもなれないところのある人だった。
 デート楽しんでねーと大変やかましくその場を去ったマリエーエリに二人は呆れたため息と苦笑いで見送ってから、「出ましょうか」「そうだな」と本来の目的のために歩き出した。





【キーマル】


 少し話したことのある他人というものが、キークは何より苦手だった。
 趣味も質もいい画集や写真集なんかが揃っているキークの行きつけの書店。そこに今日もやってきた彼は、しかし目当ての書架が並ぶ通路へは向かわず、その手前で立ち止まっていた。バラバラの厚さ高さの背表紙をじっくりと見て回っているのが、明らかに友人の妹であったからだ。
「(あれ絶対……あれ絶対マリーの……気まず……)」
 彼女はこちらに気づく気配がない。この書店に彼女が出入りすることは今までも何度かあったが、そのたびにそそくさと退散してきたのだ。今回も例に漏れず、そのまま踵を返そうとしたキークだったが、その目がある一冊の本で留まってしまっていた。
「(あれ欲しかったやつじゃ〜ん……! 店長入荷してくれたんだ……おれがあまりに必死に探してるから……! 店長も探してってめちゃくちゃ頼み込んだ甲斐があったなぁ……!!)」
 どこを探し回っても、ネットの海を巡ってもなかなか探し当てられなかった絶版の希少本が、棚の向こうで堂々と並べられている。あまりの嬉しさに感動の涙さえ溢れそうになりながら、しかし顔見知りがいて気まずすぎるこの状況にも泣かされそうになっていた。一刻も早く手に取りたいが、姿を見られて「あ、どうも」と挨拶を交わす心労などできれば勘弁願いたかった。
「(どーしよう。声かけるべきかな……おれのが年上だもんなぁ……。いやでも気づかれるのヤダし……背中向けた時にサッと取りに行くか……それかそーっとレジ行ってこっそり頼もうかな……誰か助けて……)」
 顔見知り、という関係性に忌避感を覚えているだけでなく、キークは薄らぼんやりとマルシエッテのことが苦手だった。彼女の姉でありキークのよき友人であるマリエーエリは気さくで明るい女性だが、マルシエッテは性格もタイプもまるで違う。いつも無表情で何を考えているかわからないし、愛想もない。そもそもあのクールな態度が自分とは合わない気がしてならない。ルームシェアメンバーであるラーヤと打ち解けるにもとんでもない時間を費やしたキークにとって、彼女への苦手意識は増すばかりだった。そんな相手に、弟のような明るさを持って「やあ奇遇だね、ちょっとお茶しない?」などと言えるはずもなかった。
 絵画の中にいるような凛とした出で立ちを暫く書架の影から見ていたが、意を決して声をかけようと踏み出した瞬間、マルシエッテの方が振り向いてきた。突然目が合ったのに動揺して、つい口をつぐんでしまった。
「……こんにちは」
 冬の冷たい空気を纏うようにひゅるりと鳴った彼女の鈴の音に、「あ、ああ……コンニチハ……」となんとか返事をするので精一杯であった。そこから会話が続くことはなかった。訪れた沈黙を、声をかけたマルシエッテさえも破ることはなかった。やはり愛想のかけらもないが、一応知り合いと認識して話しかけてくれたということは、嫌いだとか変な奴だとか思われてはないのだろうとキークは無理矢理前向きに解釈した。
「(あ、なんか言わなきゃ……えーと……)」
「何かお探しですか」
「ひっ」
 不意にかけられた声にびくりとする。相変わらずの冷淡なトーン。だがよく見ると、マルシエッテの目は本の辺りに向いていて、こちらを見てはいなかった。
「あ、いや、これは別にそういうんじゃなくて、たまたま目に入って……君こそ何探してるの」
「これといったものは何も。強いて言うならば、面白そうな画集を」
「そ、そう」
 そこでまた、会話が途切れてしまった。一言二言交わすだけでこんなに疲弊してしまう。キークは震えそうになる足をなんとか動かしながらマルシエッテの傍を離れようとしたが、例の本を手に取ったので、思わず「あっ」と引き止めてしまった。
「そ、その画集欲しいの?」
 全くの知らない人物の手に渡るよりは、身内の家族に渡ったほうがよくはあるのだが、「自分も探していたから貸して」なんてことは言えるわけもなく、もし彼女がその細い首を縦に振ったならキークには返す言葉がない。どうかなんとなく目を引かれて手に取っただけと返してくれと内心祈りながらマルシエッテの顔を見上げると、彼女はキークの顔をじっと見つめて、微動だにもせず立っていた。
「(え……な、な、何……おれなんか気に障ること言った……? 過干渉だった……? 急に声掛けてきた上に手に取った本に反応してきてウザいとか思われてたり……!?)」
「……まあ、そうとも言えますね」
 勝手に慌てるキークに、たっぷり間をあけてからマルシエッテはぽつと言った。なんだよその曖昧な言い方はと一瞬ムッとしたが、続く言葉でそんな気持ちはどこかへ飛んでいった。
「この本、お探しでしょう」
「えっ」
「どうぞ」
「えっえっえっ」
 ついとあっさり差し出され、キークは混乱する。
「ほ、ほんとにいいの……?」
「ええ。貴方たちご兄弟が探していた本ではないかと考えていただけですので」
「な、なんで知ってんの」
「弟さんづてに。兄が欲しがっていて、自分も読みたいと」
 美しいボルドーの表紙が眩しい。探していた画集だ。やっと手に入る。感動に心がじんわり熱くなっていくが、その感動は友人の妹、弟の友人と話しているというシチュエーションからくる緊張と困惑と混ざり合い、キークを素直に喜ばせてくれなかった。
「(な、なんだっておれがこんな目に……! 弟と仲良さそうでよかったですねって感じだけど……!)……よく覚えてたね」
「素敵な絵だと感じたので」
「! わ、わかる! 油絵なのにこてこてしてないのがいいよね。ナイフの使い方が独特だけど綺麗なんだ。この頃の作家は筆致を鋭くさせる傾向があってね、でもおれはそういう鋭さがあんまり好きじゃなくて、もっと優しく、柔らかく描きたいなと思ってて……それでそんな作風の画家を探してた時に出会ったのがこの画家で、春の木漏れ日を写し取ったような温かい風景画がとにかく美しくて一目惚れだったというか──」
 つい、捲し立ててしまった。目の前の少女は表情一つ変えないまま、しかし瞳を僅かに丸くしている。キークはハッとして我に返り、みるみると頬を赤く染めていった。
「(や、やってしまった……!)」
 自分と同じ趣味の人を見かけ、思わずなりふり構わず語ってしまうと悪癖が出てしまった。さすがのマルシエッテのきょとんとしている……ように見える。キークは俯いてしまって、もう彼女にどんな表情を向ければいいのかわからない。
「(し、死ぬ……)き、急にごめん……き、気持ち悪いよな……ほんとごめん……」
「いえ、興味深かったです。絵画にはあまり詳しくないので。勉強になります」
「はぇ……あ……あ、ありがと……う……?」
 反射的に礼を言ってしまったが、マルシエッテは相変わらずの無表情。嫌味で言っている風ではないので純粋にそう思っているのだろうか。いや、単に気を使っているのだろうか。年下に気を使われたと思うとそれだけで情けなさに泣きそうになる。
「なるほど。筆致が穏やかだからこそ、画面に柔らかい空気感が含まれる……」
「あ……そ……そうなんだ! 繊細さや緻密さを重視した従来の絵画とは一味違う美しさがあるだろ? もちろん技術的なことも素晴らしいけど、なんていうか、温もり、みたいなものを感じられるような、それが魅力というか、そこに惹かれて……」
「ええ。確かに」
 マルシエッテは無表情だが、その相槌は意外にも肯定的だった。ついまた熱が入ってしまいそうになってキークは口をつぐむ。これ以上はいけない。
「(調子に乗ってると思われたくない……!)」
「表紙にも採用されている庭園の連作は特に目を惹かれますね」
「わ、わかる!! この画家の代表作だもんね!静謐な美の結晶みたいだよなぁ……こんなに広い空間なのに、閉塞的な印象を受けさせない。自然光の透明度が高いからだろうな。グラッシっていう画法を使ってるんだと思う。色彩も絞られてるのに豊かだし、花の質感もとても立体的だ。構図もすごく巧みで、奥行きを感じる。まるで、画家の内面を表しているかのような深い優しさがあっていいよね!」
「はい。私の勝手な憶測なのですが、作者の精神は晩年の作品のほうがより研ぎ澄まされているのではないかと感じています。以前の作品にはなかった柔らかさがあり、それはおそらく、愛する人と過ごす時間によって得られたものなのではないか、と」
「ああ、おれもそれ思った! 晩年になるにつれて作風が変わり始めるんだけど、その境目とされるのが、生涯の伴侶に出会って以降の数年間なんだ。そのあたりの作品、それまでよりも明らかに雰囲気が変わってるだろ?人生の喜びを作品に投影するようになったんだ。きっと、それまでが不幸せだったとかじゃなくて、その人に会えたことで幸せの意味を実感したから、それを描くためにあえて厳しい筆運びをやめたんだと思う。そこに気づいてくれたの君が初めてだよ!」
「恐れ入ります」
 マルシエッテの軽いお辞儀を見てまたハッとしてしまう。キークは慌てて顔を伏せた。自分は一体何をやっているのだろう。控えなくてはと決めたというのに、先程の何倍もの勢いと量でベラベラと喋り倒してしまった。こんなところを友人に見られたらしばらく揶揄われること間違いなしだ。特に弟には見られたくない。「兄貴、ここ最近で一番喋ってたぜ」とか言われるに違いない。
「(うわ~もう、最悪だ……! 絶対引いてるよな……でも、なんかこの子ならわかってくれそうだって気持ちもあったんだよな……マリーはこういう絵見せても綺麗だね〜くらいしか言ってくんないし……)」
「お時間頂きありがとうございました。お話しできてよかったです」
「あっいや、こっちこそ、話聞いてくれてありがと……その、てかほんとごめん、なんか勝手にテンション上がっておれが一方的に迷惑かけただけというか……」
「いえ、お気になさらず。大変勉強になりましたので。……それではそろそろ、失礼します」
 キークに本を手渡してから一礼して、マルシエッテは立ち去っていった。彼女の背が見えなくなるまで見送って、キークはふぅっとため息をつく。不思議な少女だった。終始圧が凄かった気もするが、なぜか不快感はなく、むしろ妙な高揚感に包まれていた。
「(つ、疲れた……でも、嫌な疲労じゃないというか……なんなんだこれ……)」
 キークは再び小さく深呼吸して、受け取った画集を胸に抱いた。知らぬ間に弟が零していたわずかに共通する絵画趣味が、彼女とキークとを繋げてくれた。声をかけられる前に感じていた苦手意識や気まずさなど忘れてしまうほど、楽しいひとときだった。
「(またいつか……)」
 今度は弟と、マリエーエリとも場を共に、四人で話すことができたらいいなと願うキークは、その考えの恥ずかしさに頬を染めるのであった。


 アローラ! 5月号です。地味に2ヶ月連続公開なんてすね。今となっては偉業です。

 さて、ドラクエの日です。驚いたのが、クロムの誕生日と被っているという事実です。
 いよいよクロムと私の運命性が高すぎて気色が悪いのですが(風評被害)、これからも彼とドラクエを愛して生きようと思います。

 特におめでたい話はありませんが、ファラ姫とマリマルを持ってきました。眠れない夜のお供にでもして頂ければと思います。

 ファラスの口調って地味に困ります。敬語すぎない敬語ってイメージなんだけど、あれって別にお仕えする相手では無いからなのかなとか、考えすぎてしまう。バランスが難しいです。
 また、「自分」という一人称って時に通用しない文の構造が来たりするので、姫含め「私」やら「俺」やら使わせてしまう時が多いです。
 解釈違いだったら殺してください。
 それでは、どうぞ。


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【ファラ姫】

「ファラス、ファラス」
 くいくいと服の裾を引かれる感覚には覚えがある、視界の端では白がちょこちょこと動いていて、こちらに意識を向けさせようと懸命になっているのがすぐにわかった。ファラスはすぐに手元の作業を止めて、振り向き小さな客人に声をかける。
「どうかなさいました、姫様」
 白銀の髪は今日も天使の羽のようにカーブを描いていて、ゆるい三つ編みが彼女の動きに合わせて可愛らしく揺れる。橙色のスカーフもまたふわりと空気を含んで浮かんで見えた。まだ少しばかり拙い言葉遣いでも一生懸命な姿に愛らしさを感じる。
「何してるの?」
「えぇ、ちょっとした作業を……」
「おしごと? 俺にもできるかな?」
 小さな彼女は小さな手を目一杯伸ばし、大きな瞳に期待の色を浮かべてキラキラとした眼差しをファラスに向けていた。その姿は小動物のようで思わず頬が緩んでしまう。持て余しているのは元気か暇か、わざわざ訊かずとも答えは明確である。
「そうですか。では……よろしければ、姫様にお願いしたいことがあります。いかがでしょう?」
「やる!」
 両手がぴょこんと挙がり即答。やはり予想通りの反応を見せる彼女にファラスは内心笑みをこぼす。最近はこの幼い姫君と過ごす時間も増えてきており、その無邪気さはどこか心地よく感じていた。

 ファラスの実家は代々エテーネ王家に仕える者としての血脈を紡いできた家系だ。両親から家訓や伝統を受け継ぐ一方、彼自身も将来は王家のために剣を振るう覚悟であった。幼き頃より叩き込まれた作法、勉学、そして体術は、エテーネ国王の弟君パドレの為に役立てる日が来ることを願い培われてきたものだ。だが、彼本人が「家の伝統など気にせず、好きに生きるべきだ」とファラスを解放してしまったため、今のこの忠誠はファラスの個人的な感情に起因するものでもあった。
 パドレが授かった第一王女、アパタ。母譲りの淡い紫の瞳はまるで宝石のようだ、目鼻立ちは父よりも母の方によく似ている。髪色は誕生当初こそパドレによく似た栗色だったが、エテーネ王家が有する特別な力を強く受け継ぎすぎてか、その色はすっかり失われ、雪のような銀色へと変わってしまった。本人はかなり気にしているようだが、両親や従者を含めた周囲は褒め称えるため、今では彼女なりに割り切って生活しているようだった。

 して、そんな若き姫君だが、今年でもう十二になる。幼子の成長とは早いもので、出会った頃と比べれば心身ともに大きく成長を遂げたのだが……。今でもたまにこうして「遊びたい」という素直な欲求が顔を出すらしい。
 とはいえ、いくら成長しても所詮相手はまだ子供。遊ばせろと言われてもどうしたものかと考えてしまう。パドレからは「やりたいようにやらせておけ」と言われたものの、それが難しい時もあるのだ。何せ相手は一国の王女、下手なことはできまい。
「そうですね……。では姫様、こちらにおいでください」
 ひとまず手招きして、小さな体を招き寄せる。不思議そうな顔をしつつも近づいてくる姿はなんとも愛らしいものだ。傍まで来たところで屈んで視線を合わせる。
「今から私と一緒に、花を飾りましょう。花の冠を作ってみませんか?」
 できるだけ柔らかい声音で問いかけると、ぱっと表情が明るくなった。好奇心旺盛な彼女のことだ、きっとこういう類の誘いならば乗ってくれるに違いない。そう考えての言葉選びではあったが、やはり正解だったようだ。
「作る! 作りたい!」
 小さな両手を握りしめたまま勢い込んで言う少女の様子に微笑ましさを覚えながら、ファラスは「承知しました」と一礼する。
「父さんと母さんに贈りたいなー。喜んでくれるかなぁ?」
「えぇ、それはもちろんですとも。姫様がお心を込めて作った品物であれば、二人とも大層喜ばれるでしょう」
「えへへっ」
 にかっと笑う幼い笑顔。無邪気さが全面に押し出された、太陽のように明るい笑みだ。それはファラスにとって心の安らぎであり、主人同様大切なものであった。姫様の喜ぶ姿が見たいと思えば自然とやる気も湧いてくるというもの。
「それでは姫様、まずは花畑まで向かいましょうか」
「うん!」
 そうして二人は一緒に作業を始めたのだった。
 
◇◇◇

「ねーねーファラスってさぁ。お嫁さんとかいないの?」
 昼下がりの穏やかな時間。暖かな日差しに包まれてのんびりとお茶を飲みながらの談笑の最中。そんな平和すぎる時間にふと飛び出してきたのは、あまりにも唐突すぎる質問であった。「はあ……」と苦笑いで答えるファラス。書庫で色めいた本でも読んでしまったのだろうか。
「そうですな……残念ながらそのような話はとんとありませんよ。仕事が忙しいこともありますし、何より今はパドレ様……そして姫様に付きっきりの状態ですので。つまらぬ話で申し訳ありません」
「そっか~……」
「なにゆえ突然その様なことを?」
「別に? なんか、メイドの人達が最近よくそういう話してるから。私も早く相手をーとか、まだ早いかしらー、とか。ちょっと気になっただけ!」
「ははは……なるほど」
 メイド達の噂話を耳に挟んで興味を示すとは……彼女ももうそんなお年頃か。パドレ様が知ったらさぞお喜びになるか、あるいはショックをお受けになられるか……。さて、ではどんな相手が良いのか、暇潰しに聞いてみるのも悪くはないかもしれない。
「もしや、姫様には好いた殿方が?」
「え、なになに!? いるわけないじゃん! ずーっとここで暮らしてて、王都に行くことなんてほんの数えるほどなのに」
 大きな瞳がますます大きくなってファラスを捉え、おかしそうに細められる。確かに、浮島であるパドレア邸で蝶よ花よと大切に育てられてきた彼女は、王族でありながらほとんど箱入り娘状態だ。彼女が成人を迎えるその日まで、この生活が続くのだろう。
「ファラスは俺なんかよりずっといろんなとこに行くでしょ? 父さんと一緒に遠くまで行ったりしてるじゃん。出会い……? とかないの?」
「うーむ……まぁ、なくはないのでしょうが」
「なにそれ。はっきりしないの」
 けらけらと笑う姫君に「これでも苦労しているのですよ」と眉を下げて返す。すると途端に「うそうそ、冗談だってば」と焦った様子で謝ってきた。本当に素直に育ったものだ。
「ファラスはさ、もし結婚したらどこかに行っちゃうの? 俺、ファラスには幸せになってほしいけど、離れ離れは寂しいなあ」
「自分はパドレ様にお仕えする身。たとえ伴侶を得たとしても、変わらずお側におりますよ」
「えー? それ、お嫁さん的にはどうなのかな」
 華奢な肩を揺らして楽しげに話す幼い少女の姿に目をやりながら、ファラスは紅茶を一口飲み込む。
「そっかー、ファラス、そうなんだー」
「ええ、そうですとも」
「じゃあさ、俺が大人になってさ、結婚相手がいないーってなった時は、俺がファラスのこともらってあげる!」
 思わず口に含んだ紅茶を噴き出しそうになった。何とか堪えて、「これはまた随分と光栄なお申し出ですね」と笑ってみせる。
「俺がファラスの……はんりょ? になればさ、ファラスはますますここから離れなくていいし、俺は父さん大好きだから、ずっと父さんに付きっきりでも全然オッケーだし、いいと思うんだよね!」
「はは……嬉しい申し出でございます、本当に」
 得意げに胸を張るその姿は年相応の少女らしく可愛らしいのだが、発言内容から察するに、まるでこちらが婿に来るのが決まったことのような雰囲気ではないか。姫君の戯れだとわかっていてもなんだか照れるというか、妙にくすぐったい気持ちになってしまう。
「そうですな。もしも、姫様がそう望んでくださるというのなら、自分は喜んでお仕えする所存です。ですからその時が来るまではどうかご安心くださいませ」
「本当? 約束だよ?」
「ええ、もちろんですとも」
 小さな手を握り返しながら微笑みかけると、少女は心底嬉しそうに「えへへっ」と笑みを浮かべたのだった。

◇◇◇

 トレイの上に用意したティーカップと皿を順にテーブルへと並べていく。その様を静かに眺めている彼女の顔は、ここ四年ですっかり大人びた。瞳の形が特に母君に似て、鋭い印象を与えるものの、それが逆に美しいと思えるようになったのはつい最近のことだ。
「はい、お待たせしました。今日のお茶請けはスコーンとベリージャム、バニラアイスです。いかがでしょうか?」
「ありがとうウリム。とても美味しそうです」
 メイドの手作りお菓子を食べて、穏やかに笑う姿。「いただきます」と礼儀正しく挨拶をするその様は、王族たる気品すら感じられるものだ。ファラスはいつも思う。彼女がこうして元気に過ごせることは、きっと幸せなことなのだと。
 メイドがワゴンを押して部屋を辞去した後、彼女は徐にファラスへ視線を向けると、にっこりと優しく笑いかけた。こちらへ来て掛けなさいと言うように、黒の指ぬきグローブを嵌めた白い手をソファーの座面へ向ける。ファラスはそんな彼女に恭しく一礼してから腰掛けた。
「ウリムも一緒に食べていけばいいのに……。いつも部屋を出てしまうのだから、こちらも止めようがないというものです」
「お誘いは大変ありがたいといつも言っておりますよ。ただ、彼女も仕事が残っておりますので」
「付き人の仕事とはそんなにも大変なのですか。少し申し訳なく思いますね……」
「いえ、そんなことは」
 どこか憂いを秘めた表情で呟いた後、手元のカップに口をつけて喉を潤す。幼かった頃の天真爛漫さはどこかなりを潜め、凛とした佇まいを見せるようになった姫君。それはきっと良いことではあるのだろうが、何だか寂しいと感じてしまうのもまた事実。
「……ファラス?」
「おっと、失礼いたしました。何をお話しいたしましょうか?」
「それはもちろん、楽しいことを」
 にこやかに言い切る。その笑顔は何と喩えるべきか。瞳の色に寄せて花か。あるいは……優しい輝きを放つ星か。
 ファラスの仕える姫君は、今年で十六歳になる。王族である以上結婚も視野に入ってくるご年齢であらせられるが、縁談の話はちっともない。その理由というのが、父が厳格に目を光らせているだけではなく、どうやら彼女が頑なに断り続けているせいでもあるというのだから頭が痛くなる。縁談を持ち込んでこようものなら「剣の腕で勝負しましょう」とありとあらゆる相手に挑み、打ち負かしては「おや」と首を傾げる。「これで終わりですか」とその度に勝ち誇るその姿はまさしく勇ましい武人のそれだ。だがしかし、それでも姫君の元には次々と「ぜひお手合わせ願いたい」との文が届く。一体どういうことなのか。彼女の人気に感心する一方で、どこか釈然としない気持ちが芽生えるのは何故なのかと自問する日々が続いている。
「してファラス」
「はい」
「お前、浮いた話はないのですか?」
 霧の向こうの菫の花のような色の瞳が、悪戯っぽく細められて問いかけてくる。ファラスは思わず言葉に詰まってしまった。
「ほう、ないのですね」
「……恐れながら」
「へえ」
 彼女は普段、他人を呼ぶ時は「貴方」と言う。それが時折「お前」になる時は条件がいくらかあって、対象がファラスの時は大抵からかい目的である。「面白い話を聞かせろ」と強請られる時なんかはよくこの顔になるので、ファラスは毎回困り果てているのだ。そんな彼の目の前にいる彼女は、明らかに楽しげな様子。
「本当にないのですか?」
「ございませんとも」
「嘘は」
「つくはずがありません」
「ふむ」
 腕組みをしながら何かを考え込んでいるような素振りを見せてはいるが、これは多分、いや間違いなく。次にどう言うのかは……長年の付き合いからわかるようになってきた。
「姫様、ご容赦ください」
「ええ? まだ何も言っていませんよ」
「言わずともわかりますとも」
 こうやってからかってくる時の顔つきには、心当たりがある。幼い頃に彼女と遊んでいた時の思い出は、色濃く胸に焼き付いている。「ファラス!」とこちらを呼んでは手を引かれるままに庭へ連れ出され、木登りやかけっこをしたものだ。そんな時に、彼女はよくこんな顔をしていた。……昔はもっと純朴な方だったと思うのだが、最近は妙に意地悪になっているように感じるのは気のせいだろうか。
「仕方がありませんね。では一つだけ教えてください」
「はい、何なりと」
「もし私が誰かと恋仲になったとしたなら、お相手はどんな人が良いと思います?」
 ああ、やはりそういう質問だと思った。ファラスは少し思案してから口を開く。
「そうですなあ……。姫様がお望みであれば、どのような男性でも構わないでしょう」
「例えば?」
「姫様がその方のことを想うだけで幸せになれるような、そんな人ならば自分としては大変喜ばしい限りでございます」
「随分緩い条件ですね。要は、自分が決めた相手なら誰でも認めてくれると?」
「もちろんです」
 ファラスは即答した。すると彼女は「そうですか」と一言相槌を打った後、再び何かを考える素振りを見せた。さて、今度は何を考えているのやら。ファラスは内心ため息をついた。
「……ファラス。今からとっておきの話を披露します」
「それはそれは。是非拝聴させていただきましょう」
「実は自分には、好きな人がいます」
 いきなりか!
 反射的に叫びそうになったのを堪えて平静を装った。さて、お相手の男性はいったい誰だろう。
「そうでしたか。どのような御仁でいらっしゃるのでしょうか」
「優しく誠実で、とても強く、凛々しい方で、それから……」
 話す彼女の表情はとても柔らかく、見ているこちらまで幸せな気分になってしまうくらいだ。そんな彼女に見惚れているうちに、いつの間にか話は変な方向に転がり始めた。
「頭髪は金色で、瞳の色は青みの入った翠色。肌はほんの少し日に焼けたよう、長身で体格が良く、声も低く響く良い声で……」
 そこまで聞いてハッとした。……まさか。いや、そんなわけがない。でも確かに、彼女が名前を出す男性の容貌というのは、自分の知っているその人と合致している。
「姫様、お言葉ですが……」
「そして名前がファラスです」
「姫様…………」
 にっこりと笑う顔は美しいが、えも言われぬ圧がある。これでは怒るに怒れない。ファラスは自分の運の悪さにほとほと呆れ返るしかなかった。

 確かに覚えている。四年前に彼女と交わした小さな約束だ。「自分が大人になった時、ファラスに結婚相手がいない時は、自分がファラスと結婚する」というものだった。それを今持ち出されては困るのだ。あれはあくまで子供の戯言。彼女は今も、それを覚えていると?
「おや。あの日の言葉に嘘はありませんよ。忘れていないのはお互い様です」
 まるで心を読まれたかのような発言に、ファラスは背筋が凍るような思いがした。
「いえ、姫様、自分は……」
「はっきり言いなさい。こちらは本気なのですよ」
「いや、しかし……」
「貴方の気持ちを聞かせてください。身分とか、立場の違いを気にしているのですか? それとも年齢差?」
 有無を言わせない物言いは、どこか彼女の父親に似ている──やはりこの人は、生まれながらにして王たる資質をお持ちなのだとファラスは思った。この先王家に何かあれば、もしかしたら女王として彼女が即位する可能性もあるかもしれない。
「……本当はずっと前からわかっていました。自分のことを『好きだ』と言ってくれる方がいること」
「お気づきでいらっしゃいましたか」
 その上であの態度を、ありとあらゆる縁談を断り続けていたのか。
「しかし──相手がどう思っているのかがわからない。だからこうして話を持ちかけたのに、煮え切らない返事ばかり。なるほど確かに腹が立ちますね。もう少し相手の気持ちを慮るべきでした」
 ふう、と息をつく彼女。自分のしていた事の重大さに、ファラスは改めて身震いした。この空飛ぶ箱庭の中で、彼女はあまりに純粋すぎた。年を重ねるにつれて外の世界との関わりは増えたと言えど、それでもまだまだ知らないことはたくさんある。恋というものに関してもそう。彼女は未だ、それがどういうものなのかを知らないのだ。そんな状態で誰かと結ばれるというのはどういうことか、その末どうなるのか──今一度、考え直して頂かなくてはなるまい。
 そんなことを考えていると、ふいに彼女は「それで?」と尋ねてきた。
「はい?」
「ファラス。お前は私を好いているのですか?」
「それは……」
「早く答えないと、父さんを呼び出して適当な男性と強制的に縁談を進めることになりますが」
「ちょっ……それだけは勘弁してください!」
「だったらさあ」
「好きです! お慕いしておりますとも!!」
 とうとうファラスは叫んだ。もうこうなったらヤケクソである。自分のせいで彼女がどこの馬の骨とも知れない男の元に嫁ぐなんてことになったら、申し訳なさすぎて合わせる顔が無い。
 主君に縁談話が舞い込んだなら、臣下としては応援してやるのが世の常というもの。……そうは言っても、ファラスは彼女を取られることにはなかなか複雑な心象であった。彼女が幼い頃からずっと一緒にいた存在。そんな彼女に忠義以外を抱くようになったきっかけはなんだったろうか。はっきりとは思い出せないが、ひたむきに生き、誰よりも幸せになってほしいと願う相手であることには違いなかった。
 さてこの関係、主君が何と言おうものか、想像しただけで冷や汗が止まらないが、「娘を変な男のもとへやりたくない」という父親の想いも理解できる。それだけに、どこかから浮かんできた貴族のご子息に彼女が心を奪われるよりは、老いこそすれど素性の知れた自分が選ばれた方がいいのでは、とさえ思ってしまうのだ。この傲慢を知ったら、パドレ様はなんと思われるだろうか──。ファラスは頭を抱えていたが、
「やっと素直になりましたね」
 微笑む彼女の笑顔は幼い頃のそれとまるで変わらない無邪気さを湛えていた。しかしそれとは別のなにか──あえて言葉をあてがうならば、色香とでも言うべきものが今の彼女には備わっているように見えた。この堂々とした佇まい、自信の持ちよう、そこから溢れ出る気品と厳かな圧に近いカリスマ性は、いったい誰の影響だろう。とにかく王族というものは皆こうなのだろうかと、ファラスはある意味畏怖にも似た感情を抱いた。
「随分あっさりと言うのですね。待たせたことはわかっていますが、自分も随分待ちましたよ」
「……他に言いようがありませんでしたので」
「おや、そうですか。でもちゃんと気持ちを伝えてくれて嬉しいです」
 さっきまでの威圧感はどこへやら、すっかり普通の女性のような表情をしている。そんな風にコロコロと顔を変えるところは相変わらずで、ファラスは何だか感心してしまった。伝えてくれて嬉しい、なんて。言わなくてはならない状況に追い込んだのは他でもない彼女自身ではないか……。
「さあ、これで問題は何も無くなりましたね」
「いえ、あの……」
「まだ何かあるんですか?」
「姫様はまだお若い。その、いずれは姫様にふさわしい素敵な殿方と巡り会えるはずです。ですので、今はただの臣下の一人ということでも……」
「いい加減になさい。自分は、貴方がいいと言っているのです」
「……はい」
 結局また気圧されてしまったが、ファラスは覚悟を決めた。それに思った。これから先何があってもこの御方の一番近くで生きてゆけるのなら、それはきっと幸せなことに違いない、と。

 彼女はこの先どんな人生を歩むのか。それは誰にもわからない。
 ただ、彼女の隣に立つ者の存在だけは確かに見える──それはきっと自分だと思う。それだけがはっきりと理解できた。
 ファラスは彼女の隣から、ずっとずっとその横顔を見つめてきたのだから。

◇◇◇

 主君にこれを打ち明けるのは、途方もなく勇気がいることだ。けれども黙っているわけにはいかない。ファラスは恥と無礼とを承知の上で、パドレに思い切って進言した。パドレは驚き半分、怒りがもう半分といった顔をしていて、ファラスは生きた心地がしなかった。
「だがまあ、考えてみれば無理もない。ネオンが選んだ男だ。父親として俺は、受け入れるしかあるまい……」
 愛する娘に好きな人ができて、寂しいやら悔しいやら複雑な心境と言わんばかりの後ろ姿が、何とも言えない。ファラスはかける言葉も見当たらず、黙ったまま一礼をした。
「しかし……まさか娘の方から結婚なんて言い出すとは思わなかった。あれだけ俺のことを困らせてばかりいたのに、いとも簡単に親の手を離れていくんだな……」
 ため息まじりの独り言。この人もやはり人の子なんだなと、ファラスはどこかほっとしたような気持ちになった。
パドレは続ける。
「正直に言えば寂しくもあるが、お前なら心配はいらないだろう。娘のことを頼むぞ」
 そう言って背中を向けた後姿は、やっぱり少し小さく見えた。

「遅刻ですよ」
 主との話がほんの少し長引き、懐中時計の針は約束の数字から僅かに右にずれていた。いつも通り彼女の部屋に向かえば、彼女は完成されたティーセットを目の前に待ち構えていた。よい姿勢でにこにことこちらを見ているが、反射的にファラスの背筋を冷たいものが伝う。
「申し訳ありません」
 深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べると、「嫌ですね、怒ってなどいませんよ」と笑われた。
「それにしても珍しいこともあるものですね。ファラスが遅れてくるなんて」
「いえ、これは……パドレ様に大事な話がありましたので」
「父さんに? ……何かあったのですか?」
 途端に彼女は神妙な面持ちになってじっとこちらを見つめてくる。この人は変なところで鈍いのだなあと、ファラスは思った。
「いえ、そういうことではございません。姫様との婚約のお許しを頂いた件についてです」
「ああ、それですか」
 ああ、とはなんだ。まるで大したことではなかったかのような言い方だ。しかしそれも仕方がないと言えるかもしれない。この人にとっては本当に、大したことのない話なのだろう。二人の間に大きな温度差があることは否めない。思わず溜め息が漏れた。
「どうしました、そんな浮かない顔して」
「いえ……この手の問題は根が深いものだなと思いまして」
「悩みがあるなら聞きましょうか?」
「悩みの種に悩みを相談できると思いますか」
 相変わらずの無神経さに呆れてしまうが、彼女らしいと言えばそれまで。こういう人だからこそ、一緒にいて飽きないのだ。
「ほら、座って。お茶にしましょう」
 彼女はにっこりと微笑んで、わざわざ立ち上がって椅子を引いてくれた。ファラスはその席に座って、湯気の向こうの愛しい人を眺める。今日も彼女の世界は明るく輝いている。その世界に自分が存在できていることが、ファラスにとって何より幸せなことだった。
「さて、自分と付き合う以上、貴方にはさまざまな覚悟をして頂く必要がありますが……」
「姫様、気が休まりません」
「そう言わずに聞いてくださいよ」
 優雅な所作で茶菓子を口に運ぶ彼女は、とても楽しげに見える。その笑顔が自分に向けられているという現実にファラスは酔い痴れた。「ファラスもどうぞ、美味しいですよ」と言われてもなお反応できずにいるファラスを見て、彼女は眉尻を下げる。
「すみません、一人ではしゃいでしまいましたか」
「いいえ、そんなことは!」
「ならばなぜ何も喋らないのです」
「……幸せすぎて言葉が出てこなかっただけです」
 それを聞くと、彼女は目を丸くしてから照れたように俯きがちにカップに口をつけた。そんな彼女がいじらしく思え、ファラスはまた見惚れてしまった。
「ファラス……私のこと、好き?」
 彼女はおずおずとそう尋ねてきた。
「愚問ですね」
 即答すると彼女は少し不服そうな顔をする。ファラスは笑ってこう続けた。
「姫様のことを想っていなければ、我が主にご報告を申し上げることも、貴方と同じ時間同じ場所で、同じ紅茶を飲むこともないでしょう」
 それは紛れもない事実で、心の底から湧いてくる言葉だった。
「そうですか……」
 照れくさそうにふわりと笑う彼女を前に、ファラスは思った。自分はやはり、彼女に恋をしているのだと。今、ようやくそのことを受け入れられるようになったのだと。
「──では、世継ぎに関しても前向きに検討して頂けるということですね?」
 カップの取っ手を取り落としそうになった。
 あまりに唐突な話題転換にファラスは困惑したが、ここは真面目に応えることにした。
「まあ、それはこれから次第というところでしょうか」
「これから次第、とはどういう意味ですか」
 さっきまでの柔らかな雰囲気はどこへやら、先程までは確かにそこに存在していたはずの甘い空気は一瞬にして霧散してしまった。彼女の笑顔にはいつもの可愛らしさは微塵も感じられない。退路を絶たせるような凄みすらある。
「貴方の覚悟と誠意を見せて下さいと言っているんです」
 そう言うと彼女は不敵に笑った。その瞬間にファラスは悟った。この人に捕まったが最後、逃れることはできないのだと。
「承知致しました」
 そう言ってファラスは立ち上がった。「ファラス?」と不思議そうに見上げてくる彼女を見下ろす。そしてそのまま膝をつき、頭を垂れた。忠誠を誓う騎士のように。
「貴方を、必ずや私の手で幸せにすることを誓います」
「それ、本当ですか?」
「はい」
「ならば指切りをしましょうか」
 差し出された小指に自分のそれを絡めて強く握ると、痛いくらいの力で握り返された。
「絶対ですよ」
 念を押すかのように何度も確かめてくる彼女が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「そんなに心配なさらずとも大丈夫ですよ」
 この人が不安がらぬよう、お側においてもらえるよう、努力しなければ。
「貴方が望む限り、共に在りましょう」と応えれば、彼女は満足げに、「えへへっ」と笑った。


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【現パロキーマリ】

「きーくーん、そっちのお皿取ってぇ」
「はいはい……」
 横柄に響くこの命令口調にも随分慣れてしまった。キークとマリエーエリは今、近場の居酒屋でぼんやりと夜を過ごしているところだった。
 なぜ二人なのか。同じ家に住んでいる双子の兄弟は、今日は別の用事があるのだと言って二人で出かけて行った。ではラーヤを誘おうと声をかけてみるも、例の真顔で「行かない」と即答された。どうやら内職に精を出しているらしく、部屋と机がとんでもないことになっていた。
 そういう訳で、こうして二人で夕食を食べに来たわけなのだが……
「……おい」
「なぁにぃ?」
「ちょっとペース落とせよ」
「え~……これくらい余裕だよ」
 嘘つけ。顔真っ赤だぞ。心の中で悪態をつく。
 キークに比べたら誰でも酒に強いことになるが、マリエーエリは格別だった。こうして酔うことこそあれど、潰れたり寝落ちたりすることは今まで一度もない。そのくせ酔っ払いらしく饒舌になったり絡んでくることもないので、キークはどう対処したらいいのか困っていた。
「そんなことよりさ、こないだ言ってた映画のサブスク来たんだよ! 一緒に観ようよ」
「観ない」
「ええ、なんで?」
「だってあの映画ホラーじゃん」
「ええ……、それが面白いんじゃん」
「おれが観たいのはもっとこう……映像的な美しさを求めた意欲作というか……そもそもああいうのは苦手だし……」
 などと、ぶつくさ言いながら手元のスマートフォンで映画のタイトルを打ち込んで検索をかける。画面をスクロールしながら、キークは眉根を寄せた。
「やっぱりダメだ……こういうスプラッタ勘弁してほしい……おれは家で作業でも──」
「だーいじょうぶだってぇ!アタシが一緒にいるから!」
「おまえがいたところで何も変わんねーよ」
「つれないこと言わずにさー! あ、店員さんだラッキー! ほら早く頼もうよ」
「ちょ、待てって」
 通りがかった店員を呼び止めてテキパキと注文するマリエーエリの姿を見ながら、こいつはいつまでたっても変わらないなと妙に安心したような気持ちになった。彼女と出会った時と今、その印象はほとんど変わっていなかった。相変わらず、少し不真面目で奔放で、たまに強引なところもあるけれど、どこか憎めない。
 そんなことを考えているうちに酒が運ばれてきた。マリエーエリは一気に半分ほどそれを喉に流し込むと、据わった目でキークの顔を覗き込んだ。
「ねえ、キーくんなんか今日なんか上の空じゃない? 何かあったの? もしかして好きな人できたとか!?」
「ちがうよ、別に」
「あ、じゃああれだ! 弟くんに言われて描いてるコンクール用の絵で詰まってるんだ!」
「うぐ……それはある」
 図星を突かれ、思わず目を逸らす。
 キークは昔から絵を描くのが好きだった。とはいえ、人に見せられるようなものを描いたことはなかったし、特に誰かに評価されることもなく、ただ自分の中でだけひっそりと楽しむだけだった。唯一弟には見せていたのだが、それがこの歳になってから仇になろうとは思いもしなかった。
「まあ確かに最近、ちょっと煮詰まってるかも。なんか構図がよくなかったんだよな……色もよく見るときもいし」
「ならなおさら気分転換しようよ。あ、そうだ! 久しぶりにアレ見せて」
「……あー、うん」
 アレと言われて一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに記憶の中の引き出しから引っ張り出すことができた。大きいショルダーバッグに手を突っ込みながら「どれにする?」と問うと、彼女は嬉しそうに「えーっとねぇ」と呟きながら指を折って考え始めた。そして五秒後、「アレにしよ!」とぴんと閃いたように満面の笑みを浮かべた。
 マリエーエリはキークの絵を好んでくれた。初めて褒められたときは照れ臭くて仕方がなかったが、素直に嬉しいと思った。だからというわけではないが、こうして時々彼女にリクエストを聞いて、描いているのだ。アレとはつまり、今まで彼女に描いた絵のことなのである。
「キーくんほんと、いつ見てもうまいよね」
 キークが常に持ち歩いているスケッチブックを眺めて、にまにまとだらしのない笑みを浮かべるマリエーエリ。その顔を見ていると、やはりくすぐったくて仕方ない。
「そんなことないって。おれくらいの歳でもっと上手い人いっぱいいるし」
「いやいや、絶対才能あると思うよ」
「はいはい」
「ちょっと、真剣に聞いてないでしょ」
「だってどう考えてもお世辞にしか聞こえないし」
「ちがうってば! なんで信じてくんないかなー。キーくんの絵の一番のファンはいつだってアタシなのに! ……あっ、この絵懐かしいなー。この頃は今と違って可愛げがあったなぁ、キミ」
「一言余計なんだけど……」
 ひときわ古いページを開いたマリエーエリの表情は、とても穏やかだった。
 マリエーエリはいつもどんなときでも明るく振る舞っているが、本当は繊細な面もあることをキークはよく知っていた。いつも大雑把で、明日は明日の風が吹くと言わんばかりに刹那的に日々を生きているのに、道端に咲く花の一輪一輪に丁寧に感動したり、何気なく手に取った雑誌の記事のひとつひとつに腹を抱えるほど笑ったり、果ては涙を流したり。彼女がこんなにも感情豊かに生きている理由はよくわからないが、キークはそれを見守るだけで幸せな気持ちになれた。
 きっとそういうところに惹かれたんだろうな、と柄にもなくぼんやり思った。
「──でも、アタシ、今のキーくんの方が好きだなぁ。今の方がね、なんか……ますます人間味があるっていうか」
 キークは思わずどきりとして、彼女の方に顔を向けた。夜の帳を何重にもしたような漆黒の瞳と視線がぶつかる。その眼差しには、嘘も強がりも、すべてを見透かすような強さが宿っていた。
「あ、ごめんね。なんか急に変なこと言っちゃったかも」
 マリエーエリはハッとしたような顔で慌てて口をつぐんだ。そっちまで動揺されると余計に意識してしまうので、本当にやめてほしい。キークは思わず俯いて、小さな声で呟く。
「……おれだって昔のままじゃないよ。変わったのはマリーだってそうだろ」
「……そっか、お互い様か」
 その言葉に妙に納得したように、マリエーエリは顔を上げた。その顔はすっかりいつも通りに戻っていた。
「ま、とにかくキーくんの芸術の才能は本物だよ! いつか世間の皆さんも認めてくれるって」
「別におれは……」
「だからさ、そんなに肩肘張らずにのんびりやればいいじゃん」
「……うん」
「それでコンクールで賞とったらさー、アタシにいちばんに知らせてね! それで今のうちにサインちょうだいね」
「それは絶対に嫌だ」
 そう言って二人で笑い合った。なんだか妙に楽しくなって、結局夜通し飲んでしまった。帰りは終電を乗り過ごして、レリエシィから怒られるのはまた別の話。


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【現パロマリマル】


「ねぇねぇ、マール。最近あの子とはどうなの?」
 21時、酒場街が人波で満ち、どの店からも暖色の光と人々の談笑が眩しく零れる時間帯。乾杯の合図で三割ほど減ったオレンジリキュールのカクテルを揺らしながら、マリエーエリは前のめりに妹の顔を覗き見る。
「……あの子とは?」
 少しだけ苦めのウォッカを流し込みながら静かに返すマルシエッテ。「ほら!こないだ一緒にいた子だよ!」興味津々といった体でさらに身を乗り出してくる姉に内心でため息を一つ落とし、「あぁ……」と独り言つ。
「マールが仲良くしてるって噂の子!」
「仲良くというか……」
「んー? なによ?」
「単なる大学の同級生というか」
「じゃあ好きじゃないんだ」
「0か100かで答えねばなりませんか」
 歯切れの悪い回答を続けるマルシエッテの瞳が泳いでいるのを見て、「あっそぉ……」とマリエーエリのトーンが下がる。この妹は相変わらず嘘をつくのが下手でいけない。
「マールもついに春が来たと思ったんだけどなぁ~……」
 寂し気に目を伏せて、唇を尖らせる姉の顔は見たくないと言わんばかりに再びウォッカを口に含み嚥下する。その所作はひとつひとつが美しい。姉の贔屓目を除いても、妹はとても美人だ。
「姉さんの方は……」
「アタシ? アタシは今日も残業だったよー。あの上司マジむかつくぅ」
「お疲れ様です」
「マールもね! ……まぁいいや。それでさ」
 二人の真ん中に置かれたオリーブを摘み上げ、それを口元へと運びながら、マリエーエリが言う。
「あの子とはどこまで行ったの?」
「どこ……とは?」
「だからぁ、手繋いだりキスしたり?」
「ですから。そのような仲ではありません。わかっていただけませんか」
 眉をひそめながらグラスを煽るマルシエッテは、いつの間にか空になったそれの底でカツンと音を鳴らす。姉に対して従順な彼女が昔からする、「不愉快です」という合図だった。
「あー、はいはい」
 面白くないなぁ……
 そんな表情を隠しもせず、マリエーエリは目の前にあったマロンペーストのジェラートを一口掬う。
 姉であるマリエーエリから見ても、マルシエッテは美人だ。スラリとした長身に無駄のない細身のスタイル。そして何より、彼女の顔立ちは芸術品のように美しい。けしてその容姿を鼻にかけることはなく、この姉のように外見の良さを茶化してくる人間に対しても毅然な態度を崩さない彼女は、とても好感が持てる。
 ただ、彼女には致命的なまでに愛想がないのだ。いつも仏頂面で会話にも最低限の反応しか示さず、ひとたび機嫌を損ねれば、嫌味の一つ二つが弓矢の如く出てくる始末。誰だって彼女と会話したければ最低限の礼儀を払うけれど、それでも彼女の不機嫌そうな様子は否めないし、何より彼女との会話が続く気がしないというのが正直なところだ。
 そんな態度を続けておきながらも人並みに人付き合いに興味があるらしく、ここ最近は妙にソワついているようだった。昔から三つ下のこの妹を猫可愛がりしてきた姉としては気になってしょうがないのだが、当の本人はなかなか詳細を教えてくれない。
 どうせなら紹介してくれればいいのに。
 なんてことを考えながらジェラートを食べ終え、今度はワインでも頼もうかとメニュー表に手を伸ばす。妹二人は定かではないが、この二人は異常なまでにアルコールに強い。こうしてたまに肩を並べて際限なく酒を酌み交わすことが二人の楽しみであった。
「マスター!この赤ワインちょうだい!」
 カウンター奥にいる初老の男性に向かってマリエーエリが声をかける。手早くワインクーラーの準備を始めた後ろ姿に、いつの間にかアルコールメニューに目を通していたマルシエッテが「すみません。こちらのボトルをいただけますか」と重ねて声をかけた。
「ねー、それで、彼はマールに惚れてるわけー?」
 妹の冷たい目にもめげずに質問攻めを続けるマリエーエリは、赤らんだ頬を机に押し付けながら上目遣いにマルシエッテを見やる。
「ですから先程から言っているでしょう? 彼は単なる大学の同級生だと……」
 呆れ顔を隠そうともせずにマルシエッテは手に持ったグラスを傾け、残った氷が硝子を叩く涼やかな音色に耳を澄ませる。
「えー? 何言ってるのよー! 絶対マールのこと好きだってぇ! アタシが保証してあげる!」
「結構です」
 きっぱりと切り捨てるマルシエッテ。この話題が思った以上に長引いていることへの苛立ちが、その表情からは見て取れた。
「もー。ホントは満更でもないんでしょ? 素直になりなさいなー」
「いい加減にしてください」
「もー! 強情なんだから……」
「私は今、姉を介抱することに忙しいので」
「ちょっ!? なによそれ!」
「彼女の酔い方には毎回手を焼いているんです。興味のない話題を延々と振っては絡んでくる……しかもまるで話を聞いていないように見えて、夜が明けてもしっかりと覚えている。厄介なことこのうえない」
「だからそういう言い方しなくていいでしょー!?」
「事実です」
 淡々と言ってのけるマルシエッテの言葉に怒りを煽られたマリエーエリの声がどんどん大きくなる。二本のボトルを持って戻ってきたバーテンダーは、騒がしい姉妹の様子に苦笑を漏らしていた。

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【現パロキーダリ】

「兄貴、まだ進展ないのかよ」
「は? なにが? あ、コンクール用の絵ならもう少し。おまえがやれっつうから描いてるけど、あんま期待しないで──」
「ちーがうちがう、そうじゃないって。女の話してるだろ、どう考えても」
 ふたりで食べるはずの枝豆の皿を自分の前に置いて独り占めしている貪欲な兄に、弟はビール片手に苦言を呈していた。兄──キークは手からぽとりと枝豆のさやを落とし、「ああ……?」と小首を傾げる。
「あの子とはどこまでいったんだよ」
「どこまでって……なに?」
「だから……手繋いだりキスしたりした?」
「はあぁ?!」
 眉を寄せて、露骨に不快感を示すキーク。よそでは静かなくせに気心の知れた相手、特に弟ダリアーロの前となると途端に強気になるのは彼の常だった。
「バカかおまえ、そんな関係な訳ねーだろ。おれはもっとこう……、なんというか、ああいう子には興味ないし」
「いや知らんがな。っていうか、いつまで経っても進展ないのはさすがにやばいぜ」
 焼き鳥を串のまま頬張りながら続けるダリアーロ。生意気でデリカシーのない言葉の数々に、温厚で知られるキークもカチンと来る。
「仮にも年上のおれに向かってなんだその口の利き方は! 親父にもそんな口利いたことねーだろ」
「だって、いつになったら付き合うつもりだよって話だろ。惚れたとわかってからもうどんだけ経つ? ああ恐ろしい、あれから実にいち、にい、さん……」
「うわぁ、もう言うなって!」
 数え出した弟の言葉を遮るようにして、キークは声を荒げた。
「マリーとは別に……、そんなんじゃないんだよ!」
「またまた~。お熱いことで。ご馳走様でーす」
 にやけ面で肘をついて、心底馬鹿にしたような視線を向けてくるダリアーロ。キークは額に青筋を浮かべ、「ぶっ飛ばすぞこのガキ!」と怒りを隠そうともしない。
「図星かよ。まぁ別にいいけど、そっちも頑張れよ」
「うるせぇ!」
 ニヤつく顔を隠しもせず、ジョッキをあおったダリアーロに噛み付くようにしてキークは声を荒げ、それからカウンターの向こう側にいる店員を呼び止めて大声で「おかわりください!」と叫んでいた。
「ふん……。おまえこそどうなんだよ」
「俺?」
 お鉢が回ってきて、ダリアーロはきょとんとした顔をする。
「おまえも人のこと言えないだろうが。ここ最近、なんだかソワついちゃってるみたいだし」
「おっと。兄貴の癖に鋭いじゃねーか」
 悪びれることもなく言ってのけるダリアーロ。この憎まれ口に辟易とするキークだったが、不思議と腹は立たない。むしろ慣れ親しんだ態度である。
「どんな子なの? 可愛いの?」
「可愛いつーか……うん、かわいいっちゃあかわいいな。でもどっちかっつーと綺麗系? めっちゃ美人でさぁ……スタイルもいいんだこれが」
「へぇ……」
 いつもの軽薄な態度はいくらかなりを潜め、その表情からは少年らしさすら滲み出ている。よほど彼女のことが好きなんだろうな、とキークは思った。
「どこで知り合ったの? 大学の同級生とか?」
「んー……まあ、そんなところ」
 珍しく歯切れの悪い答え方をするダリアーロ。キークは「ふーん」と興味なさそうな返事をして、冷めかけた枝豆に手を伸ばす。
「おまえが本気なら応援するよ」
「はは、さんきゅ。でも……告白はしないでおく」
「どうして?」
「どうしてって……なんつーか、ちょっと特殊な相手だからさ。誰かと恋愛関係になること自体に抵抗はなくとも、こう……あんまりオープンにはできない相手っていうか。なんか……こう、事情があるっていうか」
「なんだそりゃ」
「とにかく! 俺としても付かず離れずの、今の関係を壊したくないんだよ」
「おまえにしては随分殊勝なことを言うじゃん」
「まあな」
 ソフトドリンクをストローで吸い上げながら、弟の横顔を見守るキーク。照れ臭そうに頬を掻くその表情に、なんだか安心感を覚えていた。
「うまくいくといいな」
「ああ。兄貴もな」
「いや、おれはほんといいよ。そういうの、柄じゃないし」
「そうか? 兄貴も結構いけてると思うけどな」
「からかうなよ」
 ダリアーロの褒め言葉とも貶し言葉ともとれる曖昧な表現に苦笑を浮かべながらも、キークは悪い気はしなかった。
「ま、お互い頑張ろうぜ」
「ん……」
 兄弟ふたり肩を並べて飲む酒とジュースは、いつもより少し美味しく感じられた。

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【現パロダリマル】


 静かな店内に一際目を引く存在があった。深緑の髪をゆらりと靡かせながら、手の中のグラスを弄んでいる。扉が鳴らしたベルの小気味よい音色にさえ気付いていないようだった。
 マルシエッテ。この店の常連であり、店主にとって数少ない親しい人間のひとり。
 この日もまたひとりきりでカウンター席を陣取って、お気に入りだというブランデーの香りを楽しんでいた。
「こんばんは、お嬢さん」
 何気ないふうを装って声をかけたのは、彼女の大学の同期である男、ダリアーロだった。マルシエッテはちらりと彼を見遣り──ただそれだけを挨拶として、再び視線を落とした。
「隣、座っても?」
「どうぞ」
 短いやりとりの後、ダリアーロはカウンター越しに「同じものを」と声を上げる。すぐに出てきたグラスを片手に、彼はマルシエッテに向き直った。
「またひとり? 寂しいねえ」
「放っておいて」
「つれないこと言うなよ~。俺とお前の仲だろ?」
「……相変わらずね。いい加減その軽薄さ、どうにかならないの」
「お、やっと反応した」
 嬉しそうに言って、ダリアーロはぐいっとブランデーを飲み干す。風情のないその仕草に、マルシエッテは呆れたように小さく溜息をついた。

 二人は大学の同級生で友人同士。だがそれ以上の特別な関係性を持っている訳ではない。しかしふたりの間に流れる空気は常に穏やかで、気心知れた者同士が紡ぐ無言の時間はどこか心地良いものがあった。
 ダリアーロは横目で彼女のことを見た。初めて会った時から美しい人だと思っていた。長い髪、切れ長の目、白い肌。彼女の周りだけ時の流れが止まっているかのように、どこか浮世離れして見えた。
 初めはせいぜい顔と名前を知っている程度の間柄だったが、そのうち気付けば何かと接点を持つようになっていた。そしていつしか意気投合し、暇が合えば放課後に落ち合うような関係に進展していた。とはいえ所詮は男女の友情。それ以上でもそれ以下でもない。
 こうも冷たい態度ではあるが、「あのさ」とダリアーロが切り出すまでもなく、マルシエッテの方から話題を提供する。それもいつも通りのやり取りであった。
「今日は一人なのね」
「ああ、いつもの奴らは今頃居酒屋で馬鹿騒ぎ中だよ」
「あなたもそっちに行ったらよかったのに」
「今日の俺はあいつらとノリが違うんだよ」
「そう」
 マルシエッテは素っ気なく言って、ふっと窓の外へと目を逸らしてしまう。そんな彼女の仕草を気にすることなく、ダリアーロは「ところでさ」と話を続けた。
「来週の日曜、暇なら映画でも観に行かない?」
「……あてでもあるの?」
「そりゃまあ……それなりに。あ、でさ、そのあと飯食いに行こうぜ。あの店がいいかな、ほら、駅前の」
「それで?」
「え?」
「結局、目的は何?」
「目的って……」
 ダリアーロは苦笑の中に困惑の色を混ぜる。友人として休日を共に過ごすのに理由など要らないと思うのだが、目の前の女はそれすら認めようとしないのだ。
 マルシエッテは無表情のまま彼の言葉を待っている。ダリアーロは観念したように肩を落として、 「あー」と曖昧な声を滲ませる。
「や、別に何も……。強いて言うなら親睦を深めようかなと……」
「……まあいいわ」
 ぶつぶつと理由を生成していると意外にもあっさりと折れた彼女に驚き、思わず「本当に?」と念を押した。
「ええ。構わないわ」
「お前なあ、いいなら重々しく『目的は〜』なんて聞かなくてもいいだろ?」
「興味本位で聞いてみただけ」
「何だよそれ~」
 ぶうたれるダリアーロを尻目に、マルシエッテは再び窓の外を眺め始めた。
 この店に来るのは単に静かな店内と質も趣味もいい酒を楽しみたいだけだ。それ以外のことなどどうだっていい──いや、むしろそれ以上を求めるつもりはない。そこにたまたま大学の同期という知人が加わることは、マルシエッテとしては想定外だったのだ。
 こうして時折話しかけてくるのは単純に物好きなのだろうか? ──それとも他に思惑があるのか? ──まさか、ただ単に会話をするきっかけが欲しいだけなのか? いずれにせよこの男の思考回路は不可解だ。
 しかしそれを不快だと思うには、過ごした時間が長すぎた。
 「まあいいや。決まりな。時間はまた後でメールするから」
「わかった」
「楽しみにしてるよ」
「どうも」
 仲睦まじく約束を取り付け……それからしばらくの間、沈黙が続いた。先程と違って、気まずくはないが、どことなく居心地が悪いらしい。ダリアーロは気にしてないふうを装ってはいるが、そわそわと足を組み替えたり、腕時計にチラリと目を向けたりしている。そのうち追加の酒を適当に選び始めた。
 提供された液体を彼は勢いよくそれを喉に流し込み、強いアルコールにあてられてか大きく咳き込む。
「大丈夫?」
「……へーき」
 どこか心配そうな声音に短く応えながら、ダリアーロは空になったグラスを置いて新しい酒を頼む。マルシエッテもまたブランデーに口を付け始めた。
 その後、言葉を二、三交わし、ほどなくしてダリアーロは「それじゃ、俺はこれで」と会計を済ませて店を出て行った。
「約束を取り付けるためだけにわざわざ来たのかしら」
 呆れたような物言いで空っぽになった隣の席を見つめてマルシエッテが呟くと、バーテンダーの男は苦笑いを浮かべていた。隣に座るための言い訳に酒を頼んでいるようで、純粋に一杯のブランデーを楽しんでいるマルシエッテにとって、彼の行動は理解できないものだった。
「マスター。彼はなぜ私とやたらと関わろうとするのでしょうか」
「さあ、どうしてでしょうね」
 埒のあかない返答にマルシエッテは溜息をついた。だが、安易な答えのひとつを簡単に見せないところがこの店主のいいところでもある。マルシエッテはグラスに残った最後の一滴を味わうようにゆっくり飲み干すと、「ごちそうさま」と静かに告げて立ち上がった。
「今夜は帰ります」
「ありがとうございました。お気をつけて」
 いつものように、またひとり。夜の静寂に紛れていく。


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 続きは明日以降です。さようなら。


↓4月号

 アローラ! 今回はギリ半年ぶりにならない更新です。全部既出テキストですが。
 エイプリルフール企画「マリエーエリの探偵クラブ」にて公開したものをドカッと置いてあります。どうぞなにとぞ。

★★EXTRA STORY


An:あ、メィ〜! 大丈夫〜?

Mm:アン〜! どうしようどうしよう、メィたちこれからどうなっちゃうんだろう!?
 メィ、こんな寒いとこ初めてだよぉ。風邪も引きそうだし……へくちっ。

Sh:メィマィリア、これを。

Mm:あ……、ありがと〜……。ぶるぶるぶる……。
 ……アンゼもシュガも、落ち着いてていいなぁ。怖くないの?

An:う〜ん、怖いけど、みんながいるから平気かな〜って。
 元の世界に比べたら、平和でいいとこな気がするよ。

Mm:呑気だなぁ……。ま、そうよね。アンゼにはシュガがいるもんね。あたしの事を守ってくれる人なんて、どうせどこにもいないわよ……。

Sh:何を言う。何かあれば、私の後ろに隠れて構わない。守ってみせるよ。

Mm:シュガ〜〜!!
 ……でもなぁ。

Sh:まだあるのか。

Mm:メィがこんなんだから、駄目だったのよ。
 メィが弱くて、非力だったから……ご師範は、メィの代わりに死んじゃったのよ。

An:メィ……。

Mm:こんな調子で……戻れたとして、あたしたち、大丈夫なのかな?

Sh:……信じるしかないだろう。今や戦えるのは私たちだけだ。
 ここがどこであったとしても……私たちが戦わねば、守れない世界だろう。諦めてはならない。

Mm:う〜……わかったわよ……。今だけ、今だけよ。丸め込まれるのは今だけなんだから!

Sh:なんなんだそのいらん意地は。

Mm:あの人、メィの叔母様になんとなく似てるし。そうよね、恩人を救うのも、メィたちが成すべきことよね……

 アタシたちが住むこの世界、《地球》。
 はじまりは138億年前。超高温・超高密度の火の玉「ビッグバン」の急膨張により誕生した……うーん、今でもちょっとよくわかんないよね。

 それはさておき、この神話によると、最後の神様はともかく、一番目の神様が勝っていたら、アタシたちの世界に科学はなかったってことだよね?
 それってどんな世界なんだろう……?

 ちょっと想像つかないね。科学技術……機械があるのが当たり前なんだもん。機械がないと生活がガラリと変わるから、もっと別の……魔法? とかが発展して、人々を支えるのかな?
 そっちの方が楽しそうだよねー。よくわからない機械であくせくするより、いろんな可能性を秘めた魔法で解決する方が面白そうだよ!

 ……あ、あのね、ここだけの話。アタシこれでも、神様……天使さまのことは信じてるんだ!
 ねえ、結構真面目な話だよ?

 この神話が本当ならきっと、このお空の上には天使さまが住む世界があって……そのさらに上にいる神さまの命のままに、アタシたちを守ってくださってることになるはずだよ!

 別に特定の宗教を信仰してるってわけでもないんだけど、アタシ、昔からこういう話が大好きで。アタシの家、天体観測するためのあれやこれやがたくさんあってさ。昔はよくこっそり借りて、神さまはどこかなーって探してたんだ!
 ……一度も見つけられなかったけど。
 当然よね。空の上には宇宙があるって、決まってるものね。

 これでもね、うちの家系は宇宙科学研究一家なのよ。代々、とっても難しい理論と技術で研究、解明しようと日々頑張っているんだよ。メリーなんてまだ中学生なのに、大人もビックリの研究結果を出しちゃって!
 マリーさんも小さい頃、いろいろ叩き込まれたけど……もうあんまり覚えてないや。えへへ。
 ……だから、ほんの少しの宗教の話も口にするだけで怒られたっけ。


 どうしたの、助手くん。
 この話……聞いたことがあるって?

 やだなあ、こんな話するの初めてだよ?
 だってこれが見つかったのも、つい最近だもん。

 ……あれ。これ、どこで手に入れたんだっけ?

 こんな神話、本当にありえるの?

 ここはどこ?

 貴族の耳たぶがちょうど熱帯魚の首の骨のように揺れているのはなんでだろう?

 どうして人生はカブトムシのようにブンブンと飛び回るの?

 銀色のドクターペッパー缶を頭にのせているロボットがパラグライダーを飛ばしていたのを見たことがある、とは誰が言ったのだろう? 蜂蜜色のバナナが嘆きながらシャンプーをしました。突然トレンチコートが現れて「ハムスターのお腹に雨が降ってるよ」と言う。すると靴屋のパンダが木の上に飛んでいって「ぼくはここに住むの」と叫んだ。鉄道博物館の前では空飛ぶダチョウがサンバを踊っていて、そこへ鮫が登場して「オムライスを注文したいんだけど」と泣き出す。そうだ、私の蜂蜜味の半生ハンバーグは人間の命を救った。かなりの傘ビッグバン殺到、大バンチューズに向け爆弾落下続出。チーズの塊にさまよい、時計と融合する虫歯。突然、ラクダの怒号とともに空中に飛び立つ日本人。海底からは亡霊の歌声がこだまする。蒼い木の下で舌を巻く、滝壺からトロピカルビールが溢れる。空を見上げると、彗星に乗った猫がキラキラと輝いている。時計はあの女性に振り向かせる鍵であり、サルでもわかるように8センチの水槽に入った雪だるまは、いつもよりも暖かいシャワーの中で踊り、穴が開いたパン屋の棚からは、沈黙とともに幾千のカラスが飛び立ちました。風呂敷に包まれたふわふわのピクルスは、天空の彼方へと飛び立ち、牛乳パックが絡まり合った海の底を這う。逆さまになった鳥かごから、サーカスのジャンプ台まで、彼方此方へと広がる幻想的な世界。太陽の裏側で踊る虹色のメロン、君はそこに向かう。ぺちゃくちゃと千鳥足で走る辞典は、突如としてクラクションを鳴らし始めました。窓からは飛行機雲が見え、左右から針が追いかけます。たまには味噌汁に鮭を入れて食べるのも悪くありません。お腹が空いたらコンビニでカップヌードルを買うのがおすすめです。犬と猫とカエルが合奏する中、私は自分が誰なのかわからない。カーテン越しに差し込む光は鋏のように美しく、右側の鏡に映った私はまるで別人。君が木になっていることを知っている人が、私にケーキを差し出していると思ったら、大きな蛙が飛んできて胸に乗っている鳥をつかみました。一瞬の間、私は宇宙の真理を見ましたが、それはすぐに風に吹き飛ばされ、私はまた薄っぺらな現実に引き戻されました。












Hello, my dear one!
Let's rein in your insatiable curiosity
for the universe.
From Chaos With Love, With Love Chaos,
For you!

ごきげんよう、私の可愛い子!
宇宙への探究心はほどほどにね。
混沌より愛を込めて、愛を込めて混沌を!




















 アタシたちが住むこの世界、《ウォレオル》。

 城下町のある最も大きな大陸《ネサンス地方》や、
アタシとメリーの出身地もある豊かな自然の《ナフュール地方》、
雨と緑の《パラズ地方》、
ラーヤの出身である砂漠地帯の《パシオネ地方》、
それから、アタシたちの住む雪原地帯の《ジーヴル地方》。

 ウォレオルは、この五つの大陸で出来ているんだ。
 助手くんはどの辺りが出身なのかな?


 最後の神様はともかく、二番目の神様が勝っていたら、アタシたちの世界に魔法はなかったんだよね? それってどんな世界なんだろう……?

 ちょっと想像つかないね。魔法があるのが当たり前なんだもん。魔法がないと生活できない人もたくさんいるだろうから、もっと別の……先進的な技術? が発展して、人々を支えるのかな?

 この、悪の力っていうのも謎だね。
 天使さまが見守ってくださっているこの世界を脅かす存在なんて、本当にあるのかな?
 昔話によく出てくる、魔王とか、そんな感じの奴が現れて、世界を滅ぼす! とか、我が物に! とか、そんな感じで侵攻してくるのかな……。

 助手くんは信じてる? 天使さまの存在を。
 このお空の上にはね、天使さまが住む世界があって……そのさらに上にいる神さまの命のままに、アタシたちを守ってくださってるんだよ!

 アタシの家、天体観測するためのあれやこれやがたくさんあってさ。昔はよくこっそり借りて、天使さまのおうちはどこかなーって探してたんだ!
 ……一度も見つけられなかったけど。

 アタシの出身の街ではあまり盛んじゃなかったけど、ウォレオルでは天使さまへの信仰がとっても厚いの。
 食事の時や一日の終わり、いいことがあったとき、九死に一生を得た時……見守ってくださっている天使さまたちに、ささやかな祈りを捧げる……。
 それが、この世界の一般的な信仰のケース。

 ……アタシの街はどうなのって?
 うーん、街というか、地方柄よね。ナフュール地方そのものが、基本的に天使信仰に縛られない自由な土地なの。
 完全に無宗教の遊牧民族の人達もいれば、アタシの家系みたいにこの空の上の真実……名付けて「宇宙」の存在を信じる人達もいる。マリーさんの生まれた土地は、そんなところなんだ。

 宇宙を信じる人達は、この世界が実はこんな形なんだ! とか、星が動くのはこの世界そのものが回転しているからだ! とか、いろんな説をとっても難しい理論と技術で研究、解明しようと日々頑張っているんだよ。
 マリーさんも小さい頃、いろいろ叩き込まれたけど……もうあんまり覚えてないや。えへへ。


 ……そういえば、魔王がいる世界だとまものがいるのも納得できるけど、今のウォレオルには魔王なんて存在はどこの古書を読んでも書かれていないし、まものたちはどこから現れてるんだろうね?
 まものたちの存在こそが、この世界の滅びの予兆を示す悪そのものだったりして……?

 うーん……謎が謎を呼ぶね、助手くん。
 これは一筋縄には行きませんぞ。


★EXTRA STORY


Lo:マリーお姉様、ありがとうございましたっ!
 おかげでロシェたち、いろいろと思い出せそうです。

Ma:よかった! 一時はどうなることかと思ったけど……なんとかなりそうかな。

Lu:はい、本当にありがとうございます。
 ところでこの辺りは……ジーヴルでしょうか? 雪が積もっているからよくわかりませんが、比較的被害の少ない地域なのですね。生きている方がいらっしゃってよかった。

Ma:被害?

Lu:ええ。僕達が見て回っていた地域は、その……全滅と言って、差し支えありませんでしたから。

Lo:ロシェ、みんな以外の人とお話するの久しぶりだなー。

Ma:えっ……ええと……キミたちは一体……どこから来たの……?
 全滅って……何があったの?

Lu:えっ? 戦争の被害や、暴走したまものたちが引き起こす災害……今や数々の受難から逃れられている地域は、ほんのわずかでしょう?

Ma:……せん……そう? 戦争なんて、この数年、いや数百年、ウォレオルでは起こってないよ?
 まものの暴走なんてもっての外だよ。聞いたことないよ……?

Lo:ウォレオルどころか、《ヴァシネルメス》全体を襲っている大災害ですよ?
 あれ……まさか私、やってしまいました?
 王家代々伝わるアレ……やっちゃいました!?

Lu:うーん……落ち着いて、ロシェル。おそらく君の力ではないはずだよ。
 君の力でこの大人数を時渡りさせるには無理がありすぎる。なにかもっと……大きな力が、僕たちをここに呼び寄せたんだ。

Lo:そうですか……。
 でもでも、戦争が起こる前の世界にたどり着けていたと考えたらどうです? 戦争のタネをやっつければ、ロシェたちの大手柄ですよ!
 母様や父様も……ロシェたちを褒めてくださるはずですよ。

Lu:ロシェル……。

Ma:え、ええと……。もしかしてマリーさん、とんでもないものに巻き込まれてる……?

M:ハーイ! こんにちは。

A:こ、こんにちは。

M:大変だったね。大丈夫?

A:はい、なんとか。保護してくださってありがとうございます。みんな慌ててしまっていたから、本当に助かりました。

M:気にしないで。これが大人の役目なんだから!
 元のおうちに帰れるように、キミのことを教えてくれる?

A:わかりました。
 僕は……ええと、……すみません。名前は……忘れてしまって。母上と父上の名前も……。

M:ゆっくりで大丈夫だよ。

A:はい……。……あ、でも、母上と父上のことは、ちゃんと覚えているんです。

僕は……あの二人のもとに産まれ、育てられました。

なんでもできて、笑顔が素敵な母上。
優しくてかっこいい、僕の自慢の父上。

僕は……二人と、どこか広い草原に布の家を建てて暮らしていました。
狩りをしたり、農作をしたりして、自然と共に生きていたんです。

M:うんうん……。だとすると、キミはどこか自然の豊かな……村とか、集落に住んでいたのかもね。

A:きっとそうです! あの記憶だけは、忘れられないんです。忘れては……いけないんです。

M:そっか……お母さんとお父さんが大好きなんだね。とっても素敵!
 その背中の弓は? 腰に付けているのは……短剣?

A:これは、母上と父上から頂いた、僕の宝物なんです。二人には到底並べませんが、結構自信があるんですよ。狩りは特に!

M:わぁ、カッコイイ! ラーヤ呼んで来ちゃおうかな? きっと、話が合うと思うの!



M:ハーイ! こんにちは!

B:はーい! こんにちはー!

M:わお、元気いっぱいだね! 大変だったでしょ?

B:そうですねぇ。でも、生きてるから大丈夫かなって!

M:この子……大物になるかも!

B:もちろんですよ! なんてったって私は、かの母様と父様の子供ですもの。

母様と父様、お祖父様とお祖母様が愛したあの国を継ぐ者として、私は生まれたんです。名前は忘れちゃいましたけど!

M:お洋服からみて、貴族の子かなとは思ったけど……そんなに凄い子だったんだ……!?

B:えへへへ。そうです、凄い子です。なんだか照れちゃいますね!

M:なのに、剣を持ってるんだね? 大きくて立派な剣……。重たくないの?

B:重いですよ? 重いですけど、だから強いんです! 母様と父様の剣技、私も見習ってるんです。ぶおんっと振りかざせば、大抵のまものは吹っ飛んじゃいますよ!

M:最近の子って、みんなこうなのかな……?

B:私が特別なんですよぉ。

M:だったらちょっと安心かも……。
 えーと、ほかに何か思い出せることはある?

B:うーん……。確かですけど……この髪の色は、父様からの遺伝なんですよ。ちょっと淡いですけど、綺麗な金色でしょ? 私の自慢なんです! 目の色は、お祖母様から代々受け継ぎました母様と同じミストグレー。かわいいでしょー!

M:そうなんだ! とっても可愛い!

B:母様と父様の血ですからー!




M:ハーイ! こんにちは。

C:こんにちは〜!

M:素敵な笑顔だね! 大丈夫だった?

C:みんながいてくれたから、この通り〜!

M:よかったよかった!
 元のおうちに帰れるように、キミのことを教えてくれる?

C:は〜い! アンゼはアンゼだよ〜。

M:アンゼちゃんって言うんだね!
 他になにか覚えてることはある?

C:うんとね〜、う〜んと、う〜ん。
 あ、アンゼはね、魔法が使えるよ。

M:わあ、凄い! どんな魔法が使えるの?

C:ラリホー!

M:ラリホーか! いいとこ突くね!
 他には何が使えるの?

C:ラリホーしか使えないよ?

M:えっ?

C:アンゼはね、ラリホーしか使えないの〜。
 だけど、みんなすやすやさせられちゃうよ!

M:えーと……凄い……凄いよね、うん……。
 魔法は、誰かに教えてもらったの?

C:うん。きっとママかパパが教えてくれたんだよ。
 あれ、でも……アンゼ、ママとパパ……いたかなあ?
 もしかしたら、ママとパパはいないかも。う〜ん、でも、いたかも?

M:記憶が混ざっちゃってるのかな……?

C: そうかも? でもね、アンゼ、幸せだったんだ。それはね、すご〜く覚えてるの!

M:そっか。それならよかった!



M:ハーイ! こんにち……。

D:いやああああああ!!!!!! もう駄目ーーーーーーー!!!!!!!

M:ちょ、ちょっと! 落ち着いて!!

D:こんなところに突然放り出されて……元の世界に戻る方法もわかんなくて……あ、元の世界に戻ったところで……か。ふふふ……あたし、もう駄目だぁ。もう死ぬんだぁ……。

M:こ、この子、なんだか情緒がパルプンテ!

D:ぐすん……ぐすん……おうちに帰りたい。おうち……おうちどこ……? おうちもわかんない!!!!! もう駄目ーーーーーーーー!!!!!!!!

M:お、落ち着いてーーーー!!!!!

D:はあ……はあ……ご、ごめんなさい……メィったら。

M:だ、大丈夫よ……落ち着いた?

D:はい、おかげさまで……あ、いや、内心全然駄目ですけど。もうほんと死にかけですけど。
 あたしこれからどうなっちゃうんだろ……もう駄目かなぁ……うう……

M:あ、諦めちゃ駄目!! みんなもいるから、気をしっかり保って。

D:う……ううう〜……

M:よしよし、いい子ね。お名前とか、ご両親のことはわかる?

D:な、名前は……たしか、メィ……メィ……わ、忘れちゃった!!! 若と姫に教えてもらったのにっ!!! もう駄目ーーーーーーー!!!!!!!

M:お、落ち着いてーーーー!!!!

D:あ、親の記憶はないです。あたしを育ててくれたのはご師範です。
 ……あれ? 親をご師範って呼んでたのかな?

M:うわあ! 急に落ち着かないで!!

E:メィが……メィがこんなんだから……ご、ご師範は……う、うわあああああああ!!!!!!!!

M:落ち着いてーーーー!!!!


M:ハーイ! こんにちは。

E:貴方は……。皆を救ってくれてありがとう。

M:このくらい当然だよ。
 元のおうちに帰れるように、キミのことを教えてくれる?

E:名前はシュガ。パラディン。この盾で戦って、皆を守るのが役目だ。

M:シュガちゃんね! パラディンかぁ。凄く大きな盾、かっこいいね! これは誰かの影響?

E:そんなことは……ない。と思う。私が、望んだ。皆を守りたくて。

M:仲間思いなんだね。

E:……そうでも。

M:ご両親のことは思い出せる?

E:…………すまない……。

M:あ、ええと……アタシのほうこそ。

E:ただ……見守ってくれる人はいた。
 だから、今……ここにいる。

M: そっか……。

 にしても……なんだか……親の記憶がない子もいるのね?
 みんな武器を持っているし、少し……穏やかじゃなさそうね……。

M:ハーイ! こんにちは。

F:…………。

M:……えーっと……。

F:……お姉さん、似てる。

M:えっ?

F:ぼくと……似てる。

M:えっ? えっ??

F:お姉さんも……見える、でしょ?

M:え、え〜と……ど、独特な子〜……。

F:お姉さんの髪、ふわふわ。さわってもいい?

M:えっ? あ、い、いいよ!

F:……いいって。よかったね……

M:誰と会話してるの〜!?!?

F:ぼくの……ともだち。
 助けてくれて、ありがとう……。

M:気にしないで! 皆が無事でよかったよ!
 えーと……名前は思い出せる?

F:スコット……。
 死が……見える。そういう、呪いのようなもの。

M:し、死が……!? それって、どういう……。

F:お姉さんにも……見えるよ。
 あなたは……死ぬ。

M:アタシが……?

F:あなたは……死ぬ。必ず……
 100年後に。

M:あ、安心した! キミ、絶対いい子ね!!

F:夜が来る……。
 お母さんに、会えるかな……。

M:いい子だけど、やっぱり、怖い……!



M:ハーイ! こんにちは。

G:……チッ。

M:早速舌打ち!?

G:黙れ、年増が……。

M:何もしてないのに罵られた!

G:クソっ。だから嫌だと言った。あのようなたるんだ連中と団体行動など……。
 生きるため? 群れることのどこが生きるためなんだ。死の匂いを誤魔化すためのお遊戯会じゃないか。

M:あ、あの〜……。

G:…………。

M:無視しないで〜……。


M:ハーイ! こんにちは。
 キミは……なんだか皆と雰囲気が違うね?

X:…………。

M:キミの名前を教えてくれる?

X:私はユーディア。
 英雄を……継ぐ者です。

M:お父さんやお母さんのことは、覚えてる?

X:心優しい母がいました。血は……繋がっていませんが。

 アローラ! 半年ぶりです。は?

 あまりにも更新していないので、AIのべりすとくんと共同で書いたモモくんの短編を載せてここ数ヶ月分の怠慢を濁します。かなりうざいユシュカとの絡みが主。ストーリー展開を優先させているので、多少のキャラ/口調ブレ、戦い方の不自然さなんかには目をつぶってもらえるとありがたいです……。

「……せいっ、やあッ!」
 叩き込まれた剣の一打を軽くいなし、ユシュカはその白い前髪のかかった小さな額にデコピンをしてみせた。
「わう!?」
「ほれみろ、隙だらけだぞ?」
「むー! 悔しい! もういっかい!!」
 額を抑えて不満げに見上げてくる少女に「おう、いいぜ」と構え直してやりながら、ユシュカは苦笑いを浮かべていた。
 デスディオ暗黒平原の奥地に聳え立つ大魔王城にて。砂の都ファラザードを治める魔王ユシュカの前で橙色のスカーフをたなびかせるこの少女は、名前をモモといった。つい先日大魔王の座についたアパタに顔のよく似た、しかし全く違うどこか高貴な雰囲気をもつこの少女は、話を聞くにどこぞの王国のお姫君らしい。
「ネオンの言ってた通りだなー。ユシュカさんは強いって」
「ほう、それは嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そんなに強いか?」
「うん! とっても!」
 元気よく返事をするモモに、ユシュカは口の端を上げて笑った。
「そうだろうそうだろう。俺ほどの強さになるとなぁ、そりゃあもうモテるんだぜ?」
「そうなの? すごいね! どうしたら強くなれるー?」
「そうだな……まぁまずは食生活から変えてみるこったな。肉食べろ肉。あと睡眠もしっかり取っとけよ。夜更かししてると大きくなれねぇぞ」
「んー、じゃあ今日は肉食べてー、いつもより早く寝ようかな。ありがと、ユシュカさん」
 にっかと笑うモモにユシュカもつられて笑顔になる。素直で真っ直ぐな性格の少女だった。お姫様とは思えないやんちゃさで城の者を振り回しているらしいが、その明るさには皆救われているのだという。ユシュカ自身、まだ子供であるはずの彼女の言動に心動かされることが多々あった。
「いつかユシュカさんより強くなって、ファラスよりも、父さんよりも強くなるんだっ」
「おお、そいつは楽しみだな」
 拳を握って宣言するモモを見下ろし、ユシュカはくつくつと喉を鳴らした。訓練所を通り過ぎていくアスバルとヴァレリアも、どこか微笑ましげに二人の様子を眺めている。まだ世界に立ち込める闇が暗い影を落としていた頃の、ささやかな平和な時間。それが、こんなに過去のものに感じることになるなんて、三魔王の誰しもが予想だにしていなかった。

◇◇◇

「はっ、やあッ、たあッ!!」
 明らかに重みと鋭さの変わったその一手を弾きつつも、ユシュカは眉根を寄せた。
(なんだ……?)
 打って変わって鋭い突きを打ち込んでくる目の前の少女に、ひやりと冷たいものが背中を走る。今までのような必死な打ち合いではなく、余裕を持って、こちらの手の内を探るような――探りを入れるような動き。相手の攻撃を流せているはずなのに、何故か掌の上に乗せられるような感覚があった。
「……ふぅん」
 小さく息をつくと、ユシュカは手にした剣を握りなおす。そのまま流れるように繰り出された連撃をすべて受けきってみせると、彼女は目を丸くして驚いた顔をしていた。
「……さっすが、魔王様は違うなあ。全部見切られちゃった」
 感心したように目を細めて武器を鞘に納めるモモ。大魔王と同じように緩い三つ編みにしていた白い髪は少し見ないうちに長く伸び、高い位置で結ばれている。服も色そのものからがらりと雰囲気が変わっているし、何より身長が伸びていた。長身のユシュカにとって人の幼子の成長など大した違いではないが、それでもここまで急激な変化は見たことがない。何より、無邪気そのものだったはずのあの笑顔を変わらず浮かべているはずなのに、今はその奥に静かな、しかし強い何かが見え隠れしているのだ。
「……お前」
「でも、負けないよ。絶対追いついてみせるからね!」
「おい」
「だからまた相手になってね。約束だよ!」
 一方的に言いたいことだけ言うと、モモはそのまま駆け出していく。あっという間に見えなくなったその後ろ姿を呆然と見送りながら、ユシュカはその胸の奥に生まれた不安の正体について考えていた。

◇◇◇

 それから数日経ち──ユシュカは執務室で書類仕事を片付けながら物思いに耽っていた。机の上に山積みになっている未処理のものとは別の、いくつかの案件をまとめた紙束を手に取って眺めていると、不意に部屋の扉がノックされる。入室の許可を出すと、そこには見慣れた兵士の姿があった。
「ユシュカ様! 只今ゴーラ領にてならず者の一団による襲撃がありました! 現在交戦中とのことです! 至急応援の要請が!」
「ゴーラ領に? ペペロゴーラはどうしたんだよ。ヴァレリアとアスバルは?」
「ペペロゴーラ様とアスバル様は別のご用事のため場を外しているとのこと。ヴァレリア様は遅れて向かうとのことで、ユシュカ様に」
「大魔王は」
「大魔王様は……」
 ユシュカの挙げた名に、兵士は困ったように口籠った。「……あー、そうかそうか。あいつならそうだろうなぁ。わかった、俺が出る」苦い顔をして、ユシュカは椅子から立ち上がった。「ナジーン、出るぞ」と置いてあった魔剣アストロンを持ち上げると、刃からは「御意に」との返事がある。ユシュカは柄を握り直してくるりと回してから、アストロンを腰に差す。
「待って、ユシュカさん。俺も行くよ」
 不意に聞こえてきた声に二人が顔を上げると、いつの間にか開け放たれた扉にモモが立っていた。腰には最近新調した剣──刀とも言うべきそれの他に、反対側にもう一本、見慣れない剣を提げている。
「ユシュカさんの背中を守れるくらいには強くなったつもりだよ。だから、行かせてくれないかな」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳の強さに、ユシュカは思わず息を飲む。そこにいるのは、確かにもう小さな子供ではなかった。
「大魔王城なら、残っている皆が守っておいてくれるはず。姉さんももうすぐ戻るらしいし……この武器の斬り心地も試したいから」
 妙に分厚いグローブを嵌めた左手の親指で鍔を弾きながら、モモはにこりと笑ってみせた。
「……ああ、いいぜ。来いよ、モモ」
 ユシュカが笑うと、モモはぱっと表情を明るくする。「足引っ張らないよう頑張るからね」と意気込む少女を、ユシュカは「まあ、程々にな」と宥めていた。

◇◇◇

 ゴーラ領の一角は、ちょっとした騒ぎになっていた。
「うわあ……こりゃひどいな」
 ユシュカはアストロンを構えながら辺りを見回して眉をひそめる。周囲には瓦礫の山や倒れ伏した人影がちらほらと見受けられたが、そのどれもが既に息絶えていることは明白だった。平和になったこのご時世にこんなことをしでかす奴がいるとは、つくづく迷惑な話だ。狂ったように斬りかかってくる賊の腹を蹴飛ばしながら、「ナジーン、援護頼む」と声を掛ける。
「了解しました。お任せください」
 ユシュカは地面を蹴り、目の前の敵に向かっていく。その手にあるアストロンはユシュカの魔力を吸い上げ、その身を輝かせた。振り下ろした一撃をまともに受けた男が吹っ飛んでいき、そのまま動かなくなる。
「さっすが」
「そりゃそうだろ。何しろ俺の相棒だからな」
「じゃあ、俺はこっちの」
 言いつつ刀を抜き放つと、モモは一気に駆け出した。その速さは目にも止まらぬほどで、次々と襲ってくる敵を瞬く間に薙ぎ倒していく。
「へえ、なかなかやるじゃないか」
「ユシュカ……あまり気を緩めすぎないように」
「わかってるって。お前こそ油断すんなよ」
 軽口を叩く間も、ユシュカの視線は周囲を警戒している。向かってくる敵を斬り返しながら、ユシュカは小さく舌打ちをした。
「(こいつは思ったより面倒かもしんねえ)」
 いくら斬ってもキリがないのだ。ゴーラ領は元々治安の良い土地ではない。だがここまで無秩序に暴れられるほど悪くもなかったはずだ。それに──
「(……嫌な感じがするんだよなぁ)」
 ユシュカはアストロンを振りかぶると、勢いよく地面に叩きつけた。地響きとともに大地が割れ、そこから噴き上がった砂埃が視界を奪う。
「……! 何を」
 ナジーンの声を聞き流しながら、ユシュカはアストロンの柄を両手で握った。「──砕け散れ!」叫ぶと同時に力を込めて押し出すと、轟音を立てて衝撃波が放たれ、周囲の敵を一掃する。止まらずに広がるそれは近くの建物に激突して、瓦礫を粉々に砕きながら吹き飛ばした。
「よし……ひとまずこれで終わったか」
「……やり過ぎです、ユシュカ。たかだかならず者を相手に……」
「いやぁ、わりぃ。なんか調子が出ちまってよ」
 ははは、と笑うユシュカにナジーンは溜息をつく。そんな二人の元にモモが戻ってくると「相変わらず派手にやってるねぇ」と呆れたように笑った。その手の中にあった見慣れない刀をくるりと鞘に戻すさまを、ユシュカの目は捉えていた。その刃は見たことの無いダークピンクで、どこか禍々しい気配を感じた。
「……モモ?」
「何? 残敵?」
「そうじゃない。それ、新しい剣か?」
「うん? ああ、これ? まだ試作品だけど、なかなかの出来だよ」
「ふぅん……見せてくれよ」
「えー。だめー」
 くすくすと笑いながら、モモは刀を腰の後ろに隠してしまう。「ケチくさいぞ」「また今度ね」なんてやり取りをしている二人の後ろで、ナジーンがぽつりと呟いた。
「……残敵、ですかね」
「ああ、やっぱり。何かおかしいと思ってたんだよな」
 ナジーンの言葉にユシュカも納得する。先程からずっと感じている妙な雰囲気の正体がやっとわかった。この場には、自分たち以外の何者かの気配がある。それも複数。
「モモ、警戒を解くな。どうやら囲まれてるらしいぜ」
「……了解」
 ユシュカはアストロンを構え直し、モモもまた刀を抜いた。数秒、宙を睨むと、「来た」 モモの呟きと共に数人の魔族が姿を現す。どれもこれも血走った目をして、武器を構えてこちらに向かってきた。
「しぶといな」
 ユシュカはアストロンを振りかざすと、その腹を思い切り殴りつける。衝撃に耐え切れずに男が吹っ飛ぶと、そのまま動かなくなった。
「ユシュカ、上」
 アストロンから響いてきた声にユシュカは咄嗟に身をかがめ、頭上で振り下ろされた大鎌を避ける。そのまま踏み込んで敵の懐に入ると、その腹に拳を叩き込んだ。ぐぇっと蛙のようなうめき声をあげて男が倒れる。
「うわっ、危ねっ」
 上から降ってきた鎖をすんでのところで避けたユシュカだったが、足元に落ちていた石を踏んづけてしまい体勢が崩れる。それを見逃さず、別の賊が迫ってくる。その手にあるナイフを避けようと身構えたが、それよりも早く動いた影があった。
「……ッ!」
 ユシュカの前に躍り出たモモは、振り上げられたナイフを刀で弾き返す。その隙をついてユシュカは男の顔面に蹴りを入れた。吹っ飛んだ男は壁に激突すると動かなくなる。
「助かった、ありがとよ」
「別に。それより、こいつら変」
「同感だ」
 モモが斬った相手もそうだが、他の連中も同じだった。まるで生気を感じられない。
「(傀儡ってヤツか……?)」
 何度か見たことがある。それは、操っている術者の命令通りに動く人形のようなものに似ていると思った──しかし目の前にいるのは、それとは少し違うような気もした。
「おい、ナジーン。こいつらなんなんだ?」
「わかりません。少なくとも、ただの魔族ではないようですね」
「まあそりゃそうだろうけどさ」
 ユシュカはアストロンを振り回しながら考える。先程の男の動きは素人のものではなかった。恐らくは戦闘に慣れた傭兵崩れといったところだろうか。だがそれにしては連携が取れすぎている気がするし、そもそもこんな場所にいる理由もない。
「(──何かある)」
 それは直感に近いものだったが、ユシュカはそれを確信していた。こういう時の勘はよく当たるのだ。
 その時、視界の端にきらりと光るものを見た。ハッとしてそちらを見ると、毒矢が飛んでくるのが見える。咄嗟にユシュカは前に飛び出した。アストロンの刃を盾にして飛び込むと、ユシュカを狙っていたはずのそれが急に軌道を変えて背後へと飛んでいく。ユシュカは素早く振り返るとアストロンでそれを撃ち落とした。地面に落ちたそれは紫色の液体を撒き散らして溶けていく。
「……厄介なモン持ってんなぁ」
 怪しげなものを持っている相手に、ユシュカの警戒心が高まる。これは一筋縄じゃいかないかもしれない。そう思った時、モモの声が聞こえてきた。
「ユシュカさん、ここは俺に任せて。足止めくらいなら俺にもできる」
 モモはちらと後ろを振り返ると、「まだ他にも来てるみたいだし」と呟いた。確かに気配はまだ消えていない。だが、だからといって任せていいはずがなかった。
「今の見たろ。あいつらはお前が思ってるようなもんじゃない」
「でも、放っておいたらまずいでしょ? 大丈夫。そこにいてよ」
 モモはユシュカの制止を聞かずに駆け出した。腰に差した例の刀を抜くと、それを横薙ぎに振るう。ダークピンクの刃は魔界の月の光を反射させて煌めいた。怪しい色を光らせるそれで敵の皮膚に傷を刻みながら、モモは左手にも刀を構え、次々と敵を斬り伏せていく。
「……モモ」
 ユシュカは思わずその名を呼んでいた。先日までの頼りない雰囲気はもうどこにもなかった。その動きには無駄がなく、流れるように敵を倒していっている。
 ユシュカは音を立てて唾を飲み下した。あの刀のせいなのかわからないが、モモは想像以上に強かった。何より驚いたのが、彼が自分の身を顧みずに戦うことだった。自分が怪我をすることを厭わずに戦っているように見える。その証拠に、モモは顔や手足にいくつもの傷を負っていた。
「(あんな戦い方、正気の沙汰じゃねぇぞ……!)」
 ユシュカはアストロンを握り直す。激しい剣の打ち合いの間隙を縫って、モモの背後に忍び寄る影があった。それに気づいたユシュカが叫ぶ。
「モモ!」
「っ!」
 モモは咄嵯に身を翻したが、一瞬だけ反応が遅れた。紫色のジャケットが裂け、肌が露わになる。白い肌に赤い線が走って血が滲むと、モモは不快そうに顔を歪めた。
「っち、背中取られるとか」
 その背後に迫っていた男は、彼女が避けたことで標的を失った大鎌を無造作に振り回した。モモは両手に持った刀でそれを受け止め、腹につま先をめり込ませる。男は低くうめきつつも、再度大鎌を振り上げてきた。
「邪、魔っ」
 あの暗い桃色の刃が、男の脇腹を貫く。モモは素早く刀を引き抜いて距離を取ると、苛立った様子で刀の血を振り払った。
 モモの戦いぶりを見て、ユシュカは自分の頬が引きつるのを感じた。それは決して良い感情からではない。
「(あいつ──めちゃくちゃだな)」
 確かに強いことは認めよう。だが、それは命を捨てるほどのものかと言われればそうではなかった。ユシュカ自身も死にかけたことがある身だからこそわかるのだが、生きていればなんとかなるものだ。ましてや彼女は人である。いくら強くても限界があるはずだ。なのに何故、そんな風に戦うのか。
 考えている間にも戦いは進む。腹から血を吹き出していてもなお立ち向かってくる敵にモモはうんざりしたような表情を浮かべ「もう、しつこい」と睨みつけた。
 次の瞬間──男は声もなく崩れ落ちる。
 ユシュカはその光景を呆然と見つめた。モモは倒れ伏した男を見下ろしてため息をつくと、こちらを振り返る。
「……もうじき終わりそうだね」
 その言葉にはっとして周囲を見れば、敵達が呻き苦しみながら地面に転がっていた。皆一様に苦悶の表情で、時折痙攣するように身体を震わせている。
「なんだこれ……」
 きつく眉を寄せる。これはまるで毒に侵されているかのような症状ではないか。まさか、あの刀に何か仕掛けでもあるのだろうか。
「……モモ殿。その武器は一体」
 ユシュカが胸の内に浮いた疑問を口に出す前に、先にナジーンの声が響いた。服についた汚れを手で払いながら、「ああ、これ?」とモモが左手で件の刀の鍔を持ち上げる。
「ま、俺のとっておきってとこかな」
 モモはふっと小さく笑って、鍔から指を外す。「とっておき」という言葉で済ますには、あまりに物騒なものに見えた。ユシュカは思わず口を開く。
「お前、そいつをどこで手に入れたんだ」
「んー……秘密?」
「誤魔化すな。……見せてみろ」
「え、ちょっと!?」
 モモの制止も聞かず、ユシュカは彼女の手の中にある刀を奪い取った。鞘ごと掴んで力任せに引っ張り、体から浮いたそれから柄を掴んだ瞬間、掌から全身へ激しい痛みが走った。
「ッ」
 思わず手を離して後ずさる。ユシュカは呼吸を整えつつ、自分の手をまじまじと見下ろした。 まるで毒が回ったかのように痺れていた。この刀に触れた瞬間、身体中に激痛が走り抜けたのだ。
「危ないなあ。勝手に触らないでよ」
「……お前、 これ」
「だから、とっておきだって言ってるじゃん」
 モモは肩をすくめて答えながら、ユシュカの手を払って刀を取り戻す。触れただけで恐ろしい痛みを与えてきたそれを、彼女は何事もなさげに腰に差し直した。
「大丈夫? 痛みはない?」
「……別に」
 心配そうに尋ねてくるモモにぶっきらぼうに答える。彼はほっとした様子で「ならよかった」と言って微笑むと、その視線を城の方へと向けた。
「お互い無傷なわけじゃない。戻って休もっか」
「……ああ」
 ユシュカは静かに首肯する。確かにモモの言葉通り、互いにそこそこの傷を負っていた。先に前を歩いていくモモの後ろ姿を見ながら、「なあ、ナジーン」とユシュカは腰のアストロンへ視線をやる。
「あれ、どう思う?」
「……正直、私にもわからない」
 ナジーンは低い声でゆっくりと言葉を並べる。「ただ、あの刀の異常性は明らかだ。毒を与える効果のある剣というのはいくらでもあるだろうが……柄を握っただけで毒が回るなんて聞いたこともありません」「だよなぁ……」ため息混じりに同意する。
 先ほどのモモの戦いぶりを思い出す。彼女はまるで命を燃やしているかのような戦い方をした。そのせいか、ひどく消耗しているように見えてならない。
 あの刀の威力は本物だ。だが同時に、使い手である彼女もまた、尋常ではない存在なのだということを改めて思い知らされた気がした。

◇◇◇

 扉をノックすると、「誰?」と可憐な少女の声が返ってきた。ユシュカは少し考えてから、「俺だ」と名乗る。
「ああ、ユシュカさんか。……今着替えてるから、待ってて」
 木の扉越しにモモの声が聞こえる。その声には疲れの色が見え隠れしていた。
「わかった。早くしろよ」
「はいはい」
 面倒くさそうな返事を聞き流しつつ、ユシュカはそのまま部屋の前の廊下で待つことにした。手持ち無沙汰になったところでふと窓の外を見やると、雨はすでに止んでいる。雲間から覗く空を見て「(明日は晴れるか)」と考えた時だった。
「お待たせ。入っていいよ」
 中から声がかかる。ユシュカは軽くドアノブを引いて部屋に入った。モモは寝台の上に座っていて、天蓋の紗幕の奥から顔だけを覗かせてユシュカを見ていた。いつも高いところで結んでいる髪を解いていて。薄手の寝巻き姿でいるせいもあって、普段よりずっと華奢に見える。
「なんか用事?」
 気だるそうに問うてくる彼女に、「ああ」と答えながら歩み寄る。端の方に腰掛ければぎしりとスプリングの軋む音が鳴った。
「……怪我の具合は?」
「見ての通りだよ。もう傷口は塞がってるけど、まだあんまり動きたくないかな。水とってくれる?」
「ほら」
 ユシュカが差し出したグラスを受け取ると、モモは一気に飲み干して大きく息をつく。「どうも」グラスを返しながら、彼女は小さく笑みを浮かべた。
「ユシュカさんも怪我してるでしょ。今日はもう早く休みなよ」
「お前が言うのか」
「俺もしばらくは大人しくするつもりだから。ほら、帰って」
 ぐいと手で押してくるモモに、ユシュカは眉根を寄せた。「なんだ、随分と冷たいじゃないか」と言えば、モモは呆れたような顔をして「当たり前じゃん」と言う。
「疲れてるなら休めって言ってあげるのが一番の優しさでしょ。冷たいなんてわかってないなあ」
「それはわかるが、せっかく来たんだぞ。もう少し労れ」
「何それ……図々しいな……」
 モモはげんなりとした表情で額を押さえる。ユシュカは構わず続けた。
「お前がそんな調子じゃ、俺も心配で眠れん」
「……なんだよそれ。子供じゃないんだからさあ……」
「心配なものは心配だ。だからこうして様子を見に来てやったんじゃないか」
「心配なのはわかったから、とりあえず今日はもう帰ってくれない? 俺も疲れてるって言ったでしょ。うるさくて寝れやしないよ」
「そうは言ってもなあ」
 食い下がるユシュカを、モモは半目になって見やる。しばらくそのまま睨んでいたが、やがて「はーあ」と大きなため息をついた。頭をぼさぼさ掻き回して、諦めたようにユシュカの方へと向き直る。
「……しょうがないなあ。少しだけなら話聞いてあげてもいいよ」
「おう」
「何があったの?」
「まあ、いろいろあったな」
 ユシュカは腕組みをして、考えを巡らせる。どう説明したものか。あまり細かく説明すると、かえってわかりにくくなるかもしれない。
「そうだな……まずは、あの刀だ。ありゃ一体なんなんだ?」
「あれ? 別になんだっていいでしょ。ちょっと毒があるだけで、ただの刀だよ」
「あんなものがそこらの店で売っているわけがないだろう。どこから持ってきた?」
「えぇ〜……もう、面倒くさいなあ……」
 モモは眉間に手を当てて渋い顔をしながら、「うーん」と考え込む。「(言いたくないことか)」と察しながらも、「教えてくれよ」と催促した。
「ユシュカさんさ、はっきり言うけどうざいよ」
「……ほう。俺がか」
「そう。しつこい男は嫌われるんだよ。知ってる?」
「ふん。俺を嫌う女など、この世にはいないから大丈夫だ」
「はいはい。すごいね〜」
 投げやりに相槌を打つモモに、ユシュカは思わず口をへの字にする。あんなに素直だった彼女が頑なに拒む理由を、どうしても知りたかった。
「あの刀はどうやって手に入れた? 誰かの形見なのか」
「……」
「どうなんだ」
 問い詰めれば、また「はぁ」と大袈裟なため息をつく。白い髪をかきあげて、観念したかのように呟いた。
「……まあ、それなりに思い入れのある物だよ。でも」
「でも?」
「絶対に渡さないよ。アレは俺が見つけたものなんだから」
「なに? どういうことだ」
「言葉通りの意味だけど」
 意味がわからず聞き返すも、モモはそれ以上語ろうとはしなかった。ただじっとユシュカを見つめてくるばかりで。
「(これ以上は話す気はないということか)」
 ユシュカは内心舌打ちする。それでも、ここで引き下がってはいけない気がして、「おい」と彼女に呼び掛けた。
「うるさいなあ。俺もう寝たいんだけど」
「まだ話は終わってないぞ」
「もう終わりだよ。これ以上は無理。おしまい」
「ふざけるなよ。まだ肝心なことを聞いていないだろうが」
「だから、もうほっといてって言ってるじゃん。そんなのユシュカさんが気になってるだけでしょ。俺はあなたが知りたいとか、どうでもいいの」
「何だと!?」
 売り言葉に買い言葉で、つい声が大きくなる。彼女はむっと唇を引き結んで、ユシュカを睨みつけていた。蜜色の瞳とミストグレーの瞳が一歩も譲らない強さを持ってぶつかる。
「……わかった」
 ユシュカは静かにそう言うと、寝台の端から腰を上げた。
「俺にはお前が何を隠しているのかわからない。だが、これだけは言っておくぞ」
 モモは黙ってユシュカの話を聞いていた。何も言わない。ただじっとユシュカの目を見ているだけだ。その目に映る自分を見ながら、ユシュカは続ける。
「俺も、俺が望むことをやるだけだ。それが何であろうとな」
「……あっそ」
 モモはぽつりとそれだけ言った。 ユシュカはそれを無視して踵を返し、そのまま部屋を出ていった。

 バタン、と扉が閉まる音を聞いてから、モモはごろりと横になった。目を閉じて、大きく深呼吸をする。
「……寝よう」
 ユシュカとの話でいっそう疲れたとでも言いたげに肩を回す。早く寝てしまいたかった。生傷だらけの身体が痛みを訴えるが、無視して寝台に倒れ込み、目を閉じる。
「わかってるよ」
 枕に額をこすりつける。
「誰にも言わないよ。あなたが何を考えてるかわからないけど、俺を認めてくれたから」
 はらりと肩から髪が落ちた。
「……おやすみ」
 静かな夜が更けていく。





 続きはパパが帰ってきたら書きます。さようなら。


↓5月号






 アローラ! 5月です。生きていますか? 私はだめです。宝石の国が連載再開してうれしい!

 さて、今月は「忙しい(自業自得)」「近況が思いつかない(カス)」という理由で先延ばしをしてしまったため詫び更新として前からやりたかったことをさりげなくやろうと思っています。

 そう、

 『やさしい誘惑』ネタバレ回の更新です。
 例にたがわず通常のコンテンツならば今後の楽しみを大幅に失うような重大なネタバレ及び設定開示を行います。

◆やさしい誘惑


 主人公のモチーフ宝石の石言葉です。そのまますぎて面白くねえなと思っています。まあいいや……
 あのひとのモチーフ宝石の石言葉がよりによってこれなの、いいよね〜。

 今回は①モルフォーサムの始まり、三人の正体と結末(ver5のおはなし)②正体や結末を踏まえたver6モルフォーサムの皆様の話を重点的に行っていきます。てかこれしか話すことない。
 大昔に書いた文章を雑な推敲で載せているのでキモい文や矛盾があるかもしれないです。そういうときは小説でない方の文を基本的に信用してください。いや、小説の方が正しいのかも……(は?)

 ひとまず、①からいきましょう。

①ver5までのおはなし


〇ヒナ

 マデサゴーラではなく、ファビエルによって生み出されたひとつの可能性。

〇モモ

 禁忌を犯した、死ぬはずだった存在。

〇ネオン

 多くの世界線の記憶と力の集合体。

〇???

 足掻いて、足掻いて、巡り続ける存在。

〇モモくんについて・1

 姫組+αは複雑で長いので先に書きます。まずはモモくんから。
 この文を覚えておいででしょうか。もしかしたら上げてないかもしれん。そしたらごめん。


◇◇◇


 ……あれ。
 気づけば天井を見ていて、全身に力が入らない状態で、頭はまったくはたらかなくて。
 何が起きた? 自分は何を? 父さんは? 母さんは? ファラスは、みんなは、訪れていたドミネウス邸の人達は。
 目だけは妙に動くので、きょろりと辺りを見回す。ぱら、と砂が落ちていくのを見て、どうにか無理やり首を動かすと、自分から2、3歩ほど離れたところで父の姿がようやく目に入った。
「父さん!」そう叫んだつもりだった。口からは頼りない吐息だけがこぼれ落ち、何も意味を成さずにその場に溶けた。
 父は、床に伏して──頭から血を流しているようだった。辺りには巨大な瓦礫や破損したシャンデリアが散らばっている。これらにぶつかってしまったのか。だとしたらただではすまない。
 ……どうしてだ。今日は珍しく兄さんや姉さん、叔父様がいらっしゃって、家族と従者と共に談笑していたはずだったのだが。……いや、……あれ? あの場所に最初いたのは自分だった。どうして? そもそも、今日は外で茶会をしていたのに、なんで自分だけが。
 ……思い出してきた。兄さんに無理を言って手合わせの約束を取り付けた自分が、剣を取りに部屋へ戻っていたのだ。すると突然屋敷が揺れて、ホールにあるシャンデリアが砕け散る音がした。慌てて部屋から出ようとしたら部屋の前に瓦礫が落ちてきて、閉じ込められて……。そのあとは?
 記憶のないうちに父がこの部屋にいるということは、自分の身を案じて瓦礫を退けて来てくれたということか? 自分が最後いたはずのところに父が転がっているのは? 近くに散らばるのはやはり瓦礫だらけで……もしかして自分をかばって?
 視界ががくんと揺れた。なぜ、なぜ父さんが死ななければならない!? 今すぐにでも手当をせねば。まだ取り残されている者はいないのか。自分しかいなくてもかまわない、医療品の場所は知っている。一刻も早く、このいやに冷たくなっていく手と足を動かさなければ──!

 揺れた景色が闇に閉じ込められていって、自分もここで死ぬのだと直感的に思った。思考がぐちゃぐちゃになって、まとまらなくなっていって、酷く寒く眠たくて…………





「大丈夫?」
 女性の声で目が覚めた。ぼやける視界のままゆっくりと起き上がり、自然なぬくもりを持つ手のひらを握ったり開いたりとする。……生きている、のか? ピントが合い始めた目でふと顔を上げる。音もなく動き続ける巨大なオブジェ──永久時環があった。ここは、王都キィンベルだ。人々が笑顔で行き交っている、平和そのものの景色がそこにある。まるで何事も無かったかのような、穏やかな日常が。
「よかった、目が覚めたのね」
 振り返ると、紫色の髪を揺らして微笑む女性の姿があった。レースやリボンで飾られた、可愛らしい桃色のドレスが風に揺れている。
「貴方、ここで倒れてたのよ。痛いところはない? とりあえず今治療ができる人を呼んでいるから、待っててね」
 女性はにこやかに、自分に話しかけ続けている。彼女は海のように青い瞳をしていて、赤いリボンでポニーテールを結んでいた。そう、見慣れた、紫色の……髪を……「ねえ、さん」
 その人の、姉さんの、細い肩を掴む。驚いたような小さい声を零して、姉さんは目を見開いた。
「姉さ、姉さん……! 無事だったのか! よかった! 教えてください、あの時何があったんです!? 父さんは? 母さんは? 兄さんは、ほかの皆は?」
 手が、喉が震えていた。口元が綻んでいるのがわかった。ああ、大事な人が生きている! その喜びが身体中を駆け巡っていた。屋敷の状態は不明だが、キィンベルに被害はないなら幸いだ! きっと大きな事故ではない。どこかで家族も保護されているに違いない。助かったんだ、と安堵が流れ込んできては、家族の安否に対する不安が浮かんで次々消えていく。今の自分の顔はきっとぐちゃぐちゃなんだろう、でもどうでもよかった。とにかく今は、家族が無事かを聞きたくて、ただ、前のめっていた。
 姉さんは面食らったような不思議な顔をしていて、ぐちゃぐちゃの自分の目をしばし見た後、困ったように首を傾げてしまった。
「え……えっと。私は、メレアーデよ?」
 自分も同様に首を傾げる。「はい……それが、どうかしたのですか?」
「貴方のお姉さんじゃないわ」
 ──時間が止まったような。そんな錯覚さえも覚えた。
 え、と、情けない声が知らぬ間に落ちていた。姉さんは酷く悲しそうな表情をしていて、とても悪いことをしてしまった気分になった。ごめんなさいと言いそうになったその時、「ねえ!」と弾けるような少女の声がした。
「その人、起きた?」
 無邪気なその声に、姉さんは振り返る。
「ええ。少し記憶の混濁があるみたい。私のことをお姉さんだと思っているみたいで……」
「そっか、でも目が覚めたならよかった! その人俺の知り合いだからさ。見ててくれてありがと!俺たちもう行くよ」
「そうだったのね。だけど、二人とも体は大丈夫なの? もう少し休んでいったら?」
「どっちも怪我はないみたいだし、平気だと思う! 何かあった時は頼るねっ」
 そんな会話をしながら、橙色がひらひらと宙を舞うのを自分は呆然と眺めていた。白髪を三つ編みにして、花飾りを頭に着けて、スカーフを巻いた、十歳か十一歳くらいの少女──それは、昔の自分としか言いようがない姿だった。
 姉さんにされた否定と、目の前のありえない出来事に思考が止まる。目を見開くばかりの自分に、少女は「立てる?」と手を差し伸べた。迷ったが、おずおずと掴んで立ち上がる……少しだけふらっとした。キン、とつんざくような耳鳴りがして、頭蓋が揺らいだような不快感。霧がかかっていくように、頭の中が曇っていく──
「で、えーと……その、めいゆー? には、どこに行けば会えるの?」
「最近はずっと自宅にいるみたい。住所を教えるわ。えっとね、ジュレット住宅街の……」
「ふんふん……わかった。寄ってみるね! ありがとう、メレアーデさん!」
 手を引かれた。久々に歩く自分の足はもつれ、不自然に動きながらも地を踏んでいく。少女は自分と繋いでいない方の手を大きく振って、女性に笑顔で別れを告げる。自分はそれにならうわけでもなく、ただ抱えていた疑問を抑えきれずに、前を進む彼女へ問いを投げかけた。
「貴方は……誰ですか?」
 ミストグレーの丸い瞳をくりくりと光らせながら、少女はニッと微笑んだ。
「俺は俺でしょ?」
 花の香りがした。甘い、凛とした、少し背伸びした、包み込むような。
 ずっと小さい手が強く自分と繋がっていて、知らないうちに自分の中へ入ってきたりしてきそうで、恐怖を感じていた。


◇◇◇


 これ、ネオンくんがモモくんに対して「知り合いだ」と言うならまだしも、モモくんがネオンくんに対して「知り合いだ」と言うのはかなり大人びた判断というか、気が利きすぎているというか、そこはかとない違和感を覚えませんか? 覚えてください。

 言ってしまうと、モモくんはかつて「成長した自分と出会ったことがある」姫軸アパタさんなのです。

 エテーネ王国は時見によって数多くの滅びを回避し続けてきた国です。その因果によって結局派手派手に滅亡してしまう末路が待っているかなしきおうこくなのですが、それに抗わんとするひとつの世界線があるとしたら。そしてそれが、他でもない姫軸アパタさんであったら……
 そんなifから生まれたのがモモくんとネオンくんです。???前半戦へ行きましょう。誰?

〇???について・1

 ある日、会議に急ぐドミネウスが鍵を落とすのを目撃したアパタ。拾って届けようとするが、もう会議が始まるからと追い返されてしまい、一時的に彼女が所持する事に。
 そのまま外へ出ていた際に神殿を見つけ、鍵を使用して中に入りキュレクスと出会う。時見が出来るというキュレクスの話に関心を持ったアパタは、幼い頃に温室でうっかりとってしまって以来ずっと懐に入れていた小さな球根を求められるがままに手渡す。一度か二度程度なら時見ができるだろうというキュレクスに時見を依頼すると、「まもなくエテーネ王国は滅びるだろう」と告げられた。
 うろたえながらも危険を報告しなければと神殿から飛び出すアパタだったが、もうその時には危険は目の前であった。地震と共に空には燃え盛る巨大な隕石が浮かび上がり、今にも衝突しようとしていた。無謀にも王国に戻ろうとするアパタを抑えるべくキュレクスが声をかけ、時見の泉の航界船に乗り込むことを提案する。迫る時間の中、自分が持てる時渡りの力を最大限に発揮して航界船を起動させるが、彼女の時渡りの力では時見の泉の部屋を時空の狭間へ放り込むのが限界であった。

 突如として自分以外滅びてしまったエテーネ王国。絶望に苛まれるアパタを見て、キュレクスが「自分とアパタに残された僅かな時見/時渡りの力を使って、アパタを滅亡前の世界に飛ばす」という旨の提案を掲示する。ただし、お互いに力は全て使い切ることになる上特殊な形でのタイムワープとなるため、アパタという存在が2人になり(メレアーデみたいなもの)元通りの生活は送れないだろうと進言される。滅びの未来を回避出来る策を考えられるならばとアパタは提案をのむ。2人は持てる力を使い果たし、別の世界線の王都キィンベルへタイムワープした。力を使い果たしたキュレクスはこの時点で消滅する。

 果たして出会ったもう一人の自分は、今の自分より幼い姿。ここは、アパタがいた世界より4年前の時点の世界であった。


◇◇◇


 この設定はもともとそういうifの設定として100年くらい前から書いてあったやつです。使えそうだったので使いました。使えるものは全部使っとけ!
 印象というか事実というか、盟友アパタさんというイレギュラーのいなかった世界におけるメレアーデ的な役割の子ですね。やっぱあの世界すげーよ。
 盟友アパタさんの世界線はたったひとつだけ、とんでもないイレギュラーという設定は続投のつもりです。多分……。

〇モモくんについて・2


「ねえ!」
 兄さんが連れてきた、広場で倒れてたって人の様子を見に俺は医務室に飛び込む。兄さんが「なんだかよくわからない変な奴を拾った」と話しているのを見て、つい気になって走ってきてしまった。ファラスとかに見つかったら怒られちゃうなあ、とか思いながらも、「あの人、起きた?」と部屋を見回す。
 隅で佇んでいた女の人は、髪も肌も瞳も、朝の霧みたいにまっさらだった。俺を見ると目を見開いて、ベッドから降りようとしながら「初めまして、あの──」と声を詰まらせる。傷だらけの体で無理をするな、とお医者さんはその人を叱ったけれど、その人はまるで話を聞いてなかった。ふらふらと体を引きずるようにしながら、倒れ込むような勢いで俺の顔を覗き込む。
「この街には、何も起きてない?」
 さらさらの髪がひらひらと揺れていた。「なんにも起こってないよ」と答えると、その女の人はほっと安心したように笑った。
 父さんみたいに凛々しくて、母さんみたいに優しい笑顔をする人だった。



「名前は、忘れてしまったんだ」
 寂しげに呟くその人に、「じゃあ俺が名前をつけてあげる!」と提案した。
「俺の名前はアパタって言うでしょ? これ、宝石の名前なんだよ。アパタイトって言うんだけどね、父さんがしゅっちょーの時に見つけてひとめぼれ? したんだって!」
 大粒のアパタイトをピアスに加工してもらって、大切にしまってることを母さんづてに教えてもらったんだ。それを言うと、「そうなんだ、素敵だね」と女の人は微笑む。笑ってくれたのが嬉しくて、俺は続けた。
「うんっ、だから貴方も素敵な宝石の名前なんてどうかな!? 俺、いつか名前をつけることがあるなら絶対そうするって決めてるんだー。妹や弟が出来たらって名前も考えてるのっ!」
 女の人は楽しそうにくすくすと笑いながら、「ふふ。聞いてもいい?」と首を傾げる。俺はもちろん、と頷いて、「妹だったらフィオラで、弟だったらエオルド!」と答える。
「フォスフォフィライトと、アウゲル石?」
「そうそう! すごいね、なんで知ってるのー?」
「……少しだけ、鉱物には詳しい方なの」不思議と、表情がまた曇ってしまった。俺は焦って、「えっとえっと、貴方の一番好きな石の名前を貴方の名前にしてみない?」と言ってみた。その人はついに顔を俺から逸らしてしまう。
「それは、ちょっと難しいかな」
「なんで?」俺はその人を傷つけてしまったんじゃないかって悲しくなって、泣きそうになった。「だって、」こっちを向いてくれたその人の顔は笑っていた。でも、俺なんかよりも泣きそうだった。
「貴方と同じだもの」



「旅人さん、これからどうするの?」
 結局その人の名前は決まらなかった。皆が旅人さんって呼ぶから俺もそうしてるけど、ほんとはすごく寂しい。誰からも名前を呼んでもらえないなんて、きっと悲しいもん。それでも俺はいい名前を思いつかないから、今日もあの人を旅人さんとだけ呼んだ。
「行き先はどこでもないかな」
「そうなの?」
「うん。というか、ここが到着点だったから」
 これからどうしよう、と曖昧に笑うその人に、「行き先が決まるまでここにいたら?」と言った。旅人さんは眉を下げて、「貴方の家族に迷惑をかけてしまうよ」と言ったけれど、俺はぶんぶん首を振って違うよって言った。
「俺は姉さんが増えたみたいで楽しいし、皆も旅人さんのこと好きって言ってるよ。もう、ずっとここにいてもいいくらいなんだよ!」
 旅人さんは照れ笑いをした。「じゃあ、もう少しだけここにいてもいい?」俺は「もちろん!」と、大きく首を縦に振った。


◇◇◇


 モモくんはイレギュラーの世界線からやってきた姫軸アパタさんと出会ったことのある幼少期姫軸アパタさんです。イレギュラー世界線、いろいろとアレだろ! というツッコミは勘弁してください。私が一番きついと思っています。あれだけ背伸びて顔も変わってたらそらなんとか他人として溶け込めるやろな……みたいな感じ。顔立ちはどうしようもないかと思いますが、目の色は多分力の使いすぎで髪のごとく色素が失われていることで微妙に印象が違っているといいなと思っています。肌も病人のように白いとなおいい。余裕がなくて髪も切ってないとか、そういうのだと素晴らしいよね〜。
 モモくん、前はネオンくんの過去の自分への理想像だとかそもそも存在しない人間だとかいろんな設定パターンがありましたがこんな感じに落ち着きました。変わるかもしれんけど……(は?) 後者はヒナちゃんに受け継がれてる感じしますね。

 切ないながらも穏やかに日常を過ごしていそうな文章ですが、この世界には彼女のいた世界よりずっと早く滅びが訪れてしまいます。コミックス化や世にも奇妙な物語でも映像化されている有名な作品『昨日公園』……ではないですが、イレギュラーの発生で因果が狂ってしまったのでしょうか?


◇◇◇


 熱い。寒い。怖い。痛い。
 体が動かない。大きな瓦礫が俺を押し潰してるせいだ。父さん、母さん。ファラス、みんな、ねえ、どこにいるの? ひとりぼっちの俺はただ震えて泣いていることしかできなかった。
 それは、本当に突然のことで。空から無数に降り注いだのは、大きな岩の塊だった。シャンデリアが落ちる音、屋敷にいた人達の悲鳴、家族を探して走り回る俺の心臓と荒い呼吸の音。崩れてきた瓦礫の下敷きになって、骨の折れる音も聞いた。ここで死ぬんだなってわかってしまって、怖くて声が出なくなった。
「……め、さま、……姫さま!」
 女の人の声……旅人さんだ。ボロボロの剣を握りしめて、酷く泣き腫らした顔で俺のもとまで来てくれた。「今助ける、から」そう言って瓦礫の山を乗り越えようとすると、また館が大きく揺れた。旅人さんはバランスを崩して倒れてしまう。
「逃げて、旅人さん」俺は精一杯声を絞り出した。「できない、できないよ」顔にたくさん傷を作りながら、たくさん涙を流しながら、旅人さんは言う。
「せめてここだけでも、俺は……」
 おぼつかない足で立ち上がる旅人さんに、俺は手をそっとかざしていた。それはこっちに来ないでという意味と、もうひとつの意味を込めた、俺からの最後の言葉だった。
「俺の、家族、を。助けて、アパタ」
 旅人さんの──もう一人の俺の目が、大きく見開かれる。俺の手から光が放たれると、彼女の体をあっという間に包み込んだ。光が白く輝いて、すうっと消えていく。
「ごめんね」
 体が冷たくなっていくのを感じながら、俺は小さく呟いた。目の前があの光みたいに真っ白になっていく。全身の感覚も消えていく。

 大好きな家族を助けてもらうために、俺は俺を犠牲にした。
 その俺は俺ではない、別の世界の、もう一人の俺でしかなかったのにね。



 目が覚めるとそこはキィンベルで、俺は姉さんに介抱されていた。まるで俺のことを知らないような素振りで話しかけてくる姉さんを見て、「ああ、ここは俺のいた世界じゃないんだ」とわかった。これが時渡りの術を他の人に使った、いわゆる禁忌の代償ってやつなんだあ、と変にしっくりくる感覚を覚えていた。
「初対面の貴方に言うことではないと思うんだけど。貴方、私の友達にとっても似ているわ。知り合いだったりしない?」
「メレアーデさんの友達に? その人、なんていう名前?」
「アパタっていうの。勇者とともに戦う盟友でね、すごく強くて頼りになる人なのよ」
 ……アパタ。聞き慣れた言葉に、聞き慣れない言葉がくっついていた。盟友? よくわからないけど、ここはまたまた別の俺がいる世界みたいだ。今度は俺も、あのもう一人の俺みたいな存在になったんだろう。禁忌の代償と言われれば納得で、願いを押し付けた罰なんだとすぐに思った。それに何も抵抗はなくて、何の引っかかりもなく笑顔でいられた。
「メレアーデ様。広場にもう一人倒れている女性が……」
 部屋を訪れた兵士の人が言うと、すぐに向かうわと姉さんは立ち上がって、この子をお願い、と言うと止める暇もなく走っていってしまう。俺は少し迷ったけど、たどたどしくもコップに水を注いでくれる兵士の人に聞いてみた。
「あの、その人なんだけど。俺みたいな白髪の、きれいな女の人だったりしない?」
 兵士の人は不思議そうな顔で頷く。その次の瞬間には、俺は部屋を飛び出していた。

 広場で座り込む姉さんと、もう一人の俺に声を掛ける。
「ねえ!」
 なるべく何も知らないような、子供のように元気な声で。
「その人、起きた?」
 ぐしゃぐしゃの髪の毛にひどい顔をした、もう一人の俺に手を差し伸べる。
「立てる?」
 よかった、貴方だけにこの役目を背負わせることにはならないみたいだ。これからは俺も手伝うよ。
 そう期待したから、酷く落ち込んだ。「貴方は誰ですか」と、お前は何者だと。心の底から困っている顔を見て、俺は笑えていたはずの自分が、どこかに消えちゃうのを感じた。同時に俺も消えなくちゃ、って思ったんだ。この俺は、俺が呪ってしまった俺じゃなかった。
 俺は俺を殺して、ここで生きようとしてる。家族が待つ世界のないこの俺が。あの人を一生苦しめる約束をしてしまった俺が。
「俺は俺でしょ?」
 取り繕った。次に考えていたのは、上手く消える方法だったけれど。ただ、精一杯笑った。
 ねえ、俺はちゃんと笑えていたかな?


◇◇◇


 ここで書いたモモくんの見解にはひとつ間違いがありまして、盟友アパタさんの世界に来たのは時渡りの呪いではありません(それだったらとっくに別の時間軸へ行っている。おそらく力が暴走して自らにも無意識に術をかけてしまった?)。

 家族を救って欲しいと願う力が強すぎて、(自分とはいえ)他の誰かを巻き込んでしまったことにとても後悔している子です。これであのアパタさんは再びどこかの世界線へタイムワープして、しかも時渡りの呪いを付与されて(こっちはマジ。他者への使用の代償として例にフィオラ、ジェニャがいる。時渡りの力が強い者への呪い効果は薄い可能性もあるが、あのアパタさんはすでに力を使い切っていたので耐性が一般人と変わらなかった)一生終わらない祖国救出の旅路を歩むことになりました。こんなことをしでかして後悔しない方が難しいというか、咄嗟の判断は褒められるべき行動が出来たかもしれないけど負担が大きすぎて、みたいな……悩ましい感じのやつです。あのアパタさんは1回きりのチャンスのはずが再び(というか無限に、永遠に)やり直せることになって好感触でしょうが、モモくんからしたら穏やかではいられないわけです。それはやがてサバイバーズギルトのようなものに繋がり、「消えてしまいたい」という発想と変わっていきます。表に出しこそしないけど、自分がこの場にいていいのだろうか、という気持ちをずっと抱えている子なんじゃないかなと思います。
 ???の正体に気づいているのは相変わらずの鋭さなのか、???がボロをボロボロ出しまくりだったのかは定かじゃないですね。

 一旦ここでネオンくんの話に行きましょう。

○ネオンくんについて


 ねえ、俺ってたまにさ、ちょっと不思議なこと言うよねえ。まるで俺とは別の俺みたいというか、俺がこのまま育っても俺にはならなそうっていうか。
 そうだ。たまにはお話聞かせてよ。もっと何か思い出せるかもしれないよ? ……俺じゃなくて、あなたが。

 俺は悩んだりしない? 自分が何者なのか。
 既にアパタがいる世界で、自分が存在している理由を。

 そうだね、例えばさ……。
 存在していたはずの兄をいないと思い込んでいた、もしくはその反対。俺と同じ年頃に経験した出来事を、あなたは体験していなかった、もしくはその反対。
 不確定で不安定な情報の洪水。あなたには、あなた以外のアパタの記憶があると考えた方がいいと思う。

 多分、この世界に飛んできた時に、あなたに全ての記憶が収束したんだと思う。たまに思わない? 自分の剣の腕が異常に上がった、って。もしも、いろんな世界のアパタの気づきや努力があなた一人に集まって、その技術を底上げしているとしたら?

 ひとつ、わかっていることがあるよ。
 俺は昔のあなたじゃない。
 あなたのようになる前に、死ぬはずだった俺なんだ。

 滅びの瞬間はさ。大きい意味でも小さい意味でも、誰にでも何にでもいつかはゼッタイ訪れるでしょ? なんて言うんだっけ、こういうの。ジョウシャヒッスイ……ショウジャヒツメツ……みたいな。んー、わかんないけど。
 でさー、それが俺はたまたま早かった。それだけなんだよ? でも、あなたとの決定的な違いなんだ。ましてやめいゆーなんかと比べたら、もっと大きい違いだよね。あの人は……あはは、なんて言おう? もう俺たちとは別次元すぎてわかんないねえ。一緒にしない方がいっか。うん、やめやめ。

 それでね、俺は……あなたみたいな、人に。違うね、多分、あなたの中にいる何人ものあなたのうちの一人に……呪いをかけたんだ。真っ白い霧のような。
 その中は明るいから、きっとどこかに光があるはずなんだ。なのに、いくら見回しても光も道さえも見えなくて。本当はまっくらやみの中なのかもしれないけれど、だってこんなに明るいんだからって、諦められないんだ。そうしてずっと、掴めもしないものを掻き分けようともがき続けてしまう。そんな呪いをかけたんだよ。
 俺が死に損なったのは。今ここにいるのは、きっと、あの人を呪ったから……その、負債だよ。

 俺は、確かにここにいるけど。ここにいない。そう、いなかったはずの──…………あは。なんて言えばいいのか、わかんないや。いーっぱい勉強したはずなんだけどな。まだ、全然足りないや。少しはあなたみたいに話せてた? どう? ……まっ、答えなくていいよー。俺はずっと子供でいたいんだもんね。えへ、思ってたより大人でがっかりしたでしょ? 子供は子供でさ、早く大人になりたいなーって思うものなの。俺は特別そうだったのかもね。

 きっと、あなたは不安定なんだ。何人ものアパタの記憶を背負った、俺なんかよりもずっと呪われた人。
 ……もう、そんな顔しないでよ。

 少なくとも、人格や記憶があなたの中の他の世界線のあなたに引き渡されてる様子はない。あくまで記憶や経験だけが収束してるんだ。とはいえ行動範囲は王都くらいまでしかなかっただろうし、世界の知識はないかもしれないけれど、人と接することで生まれる気づきなんかはきっと、これからあなたを助けるから。
 それに、忘れちゃっても……俺は俺を呪った罪人として、きっと何度でも俺に言うから。伝えるから。あなたは被害者でしかないけれど、うん──被害者だからこそ、見えてくるものもあるんじゃないかな。えへへ。勝手に巻き込んじゃってごめんね。

 ねえ……あの時の俺の判断は正しかった? それとも、間違っていた? 最低だった? それとも、救いになった?
 ……あなたは答えなくていいよ。俺が聞いてるのは、きっとどこかにいるはずの俺……俺たち、なんだから。


 俺は助かりたかったわけじゃないんだ。ただ、俺が知らないままでもいいから、家族が幸せな世界が欲しかった。
 俺が俺で在れるまま、奇跡が起きたなら。
 そんな夢を今だけは見て、一緒にがんばろーね。


◇◇◇


 モモさん、解説ありがとうございました。
 ネオンくんは「例の姫軸アパタさんとモモくん以外の世界線の姫軸アパタさんの記憶の集合体」という位置づけ(位置づけ?)です。弱冠16歳なのになんかめちゃくちゃ強いのはこれが原因でした。素でも普通に強いと思いますけどね。前からたまに見せていた不穏な記憶ムーヴもこのためでした。

 モモくんは触れていませんが、何故ここに飛んできたのか、何故あらゆる世界線の姫軸アパタさんの記憶と力を持っているのかは、

・意識を失う直前、無意識に時渡りの術を使用した
 →その際に盟友アパタさんの世界ではキュルルによる因果律操作が行われていて、たまたま共鳴してしまった
 →因果律操作の力に引き寄せられるようにして盟友アパタさんの世界線へ。記憶や力も因果律操作によってあらわれた副作用あるいはバグのようなもの

 という落とし所になっています。仮ですが。
 この人も例に違わず滅びの運命に見舞われたものの、無意識的に術の使用が叶った+その際にキュルルの因果律操作と共鳴しかなり良い感じのバグが起こった+しかも盟友アパタさんの世界線に飛んでこれちゃった、というアストルティアくじで特等が五億回くらい当たってそうな豪運の持ち主であったことにより助かった人です。記憶が混在して大変なことになっているものの、力を手に入れられてラッキーですね♪
 とはいえ全てが加算されているわけでもないので、もうお前一人で世界救えるやんけ的な力量は持っていないです。7割くらいの技術で満たされていた器によその姫軸アパタさんの技術がドドドッと注ぎ込まれているイメージで、溢れた分はもちろん使えません。これからは技術ではなく器自体を大きくしていかないと吸収できるものも吸収できないので、より一層頑張って欲しいですね。
 また、記憶に関しても同じイメージで、これは別の世界線で起きた些細な事物の違いが水と油のように混じり合わないまま混在しているせいでパニックを起こす場合もある、的なイメージです。器にヒビもいってるかもしんない。

 ネオンくんのこの設定はわりと前からのままですが、いかんせんふわふわで最悪です。とりあえず最後まで突っ走りましょう。

○???について・2 及び姫組の顛末について


 これまでの情報を整理すると、

・???→エテーネ王国を滅びの運命から救わんとタイムワープを繰り返すことになった、既に王国が滅びた世界線の姫軸アパタさん

・モモ→滅びの運命に見舞われた世界線で???に時渡りの術を使用し、その力の暴走によって自らもタイムワープし、偶然盟友アパタさんの世界線へやってきた姫軸アパタさん

・ネオン→滅びの運命に見舞われた世界線で無意識下で時渡りの術を使用し、偶然キュルルの因果律操作と力が共鳴しあらゆる姫軸アパタさんの記憶と力を受け継いだ状態で盟友アパタさんの世界線へたどり着いた姫軸アパタさん

 このようになります。
 ずっと???を???と書くのもアレなので、以降は「メビウス」と記述します。


 いろんな世界線を転々としてきたメビウスさんですが、不意に盟友アパタさんの世界線へ飛んできてしまいます。無数とも取れる姫軸アパタさんの世界線を辿る旅において、ここへ飛んでくるのはとても低い確率でしょう。
 運命的なものかもしれませんし、この人も因果律操作やメレアーデあたりの時渡りの術の力に共鳴して来れてしまったのかもしれません。

 メビウスさんはモモくんとネオンくんの存在を知り、どうにかして元の環境に戻せないか、そして家族をも救えないかを思案します。この二人が揃ったことによって、本来の目的の達成が叶うかもしれませんでした。

 細かくはどうするか、決めていないというかわかりませんというか……(台無し!)
 メインストーリーによくあるぽっと出の解決アイテムや策があったとして、軽い気持ちでご覧下さい。

 やりたいことは、まずネオンくんの有する記憶を辿って滅びが訪れる前のエテーネ王国を見つけだします。この時姫軸アパタさんが既に誕生していると存在が重複してしまう可能性があるので(ver4におけるメレアーデみたいなもの)、時間自体はかなり前の時点だと思っています。
 次に、滅びの事実が確定した世界線(=モモくんのいた世界線)を因果律操作的な技で滅びの事実のみを固定します。ネオンくんやメビウスさんの世界線でもいいのでは? と聞かれそうですが、
・メビウスさんは既に時渡りの力を使い切り失っている
・ネオンくんは前述の手筈で手が塞がっている
 といった具合でモモくんに任された的な感じの想定。キュルルも消滅するほどの大技を今更どうやって? というのは、自分で作ったのかどこかの流浪の錬金術師さんに協力を仰いだのか、メビウスさんが今までわたり巡ってきた世界線たちの永久時環から少しづつエネルギーを回収していた、というのを想定しています。

 時渡りの術が大いに関わる事柄としてパネモの協力は必要というか、そういうシーンがあるはずだし、あるといいなと思っています(?)。3人+αがいればきっと大丈夫!

 大技が成功した暁には、世界線はネオンくんがいたものと収束し(ベースが彼女の持ち合わせるもののひとつだったため)二人は家族との再会を果たします。見目もすっかり変わってしまっているであろうメビウスさんは、その様子を満足げに眺めてから、時渡りの呪いで別の時間軸へ……。

 ちょっと投げやりで無理くりですが、姫組の決着はこんなものを考えていました。前述した通りネオンくんの設定自体はかなり前からあり、それに適合するように周りを整えていった感じです。

 メビウスさんに関して、メインストーリーの父よろしく救われながらも救われない締めになっていますが……本当はやんわりと救われるような設定を考えてはいました。メビウスという仮名もここからできています。ですが、フィオラと違って呪いの消去を彼女に与えるのは前例が無さすぎるせいで難しく、現時点ではどうこうすることは私にもできないし作中人物にもできないのではと思っています。
 フィオラが帰ってきたし、彼女になんとか……と思っても、あれは闇の根源うんぬんのおかげだしなぁ。姫軸アパタさん自体儚い存在なので、このような結末にならざるを得ないのかもしれませんね。

 この世界線へ戻ったらもう盟友アパタさんの世界線には戻りようもなさそうですが、そこは何か機転を利かせたアイテムか能力の覚醒があって自由な行き来が叶う感じなんだと思います。ゲームのご都合主義っぽいのをそのまま生かすな。
 ただ、かなりの大技を使ってそうですし、見目の変化こそなくても時渡りの力自体はすっかり無くしていそうなものです。あったとしてもエテーネルキューブでちょっと移動するのが限界、くらいが関の山だと思います。

 だいぶ長くなりました。切り替えて、ヒナちゃんの概説に入りましょう。

〇ヒナちゃんについて

 何その後出し設定?

 最初はもちろんマデッさんが魔盟友も創っちゃった世界からうっかり来ちゃった、的なのを想定していましたがそこから設定の広げようがありませんでした。設定の広げようというか、なんで来れちゃったんですか? というか。破界篇で「お前のステージはここだ!!!」となったのをきっかけに存在そのものをテコ入れすることによって説得力を与えることにしました。
 あまりにも設定のこじつけが難しすぎて一時期正体はモシャスにしたらどうか、とかいう迷走もしました。色だけは似てるな。すぐにやめましたが。

 意味もなく詩的で小難しい表現をしていますが、要は『魔勇者アンルシアがかつて盟友の同意義の相棒を望んだ際の感情から抽出された不安定な存在』です。なにが要なんだ?
 滅びの剣と滅びの手がかつてのマデサゴーラと魔勇者アンルシアにあった滅び側に都合のいい感情のみを抽出した創られた存在であるように、ヒナちゃんもまた護り側に都合のいい感情を「魔勇者アンルシアから」抽出されて創られた存在です。少しややこしいですが、まあクマリスと同じようなメソッドで創られた存在ということです。ただ、本当の意味での元の人格はないので、ガチで存在しない存在と……。
 そうなると、彼女の記憶する魔勇者と過ごした日々は全て偽りのものになってしまうわけですが……ちょっと業が深すぎるかもしれませんね。マデサゴーラだけに……(は?)

 魔盟友が創られるの、理由としては勇者と盟友が結託することによる力やら何やらのためだけだと思うんですが、魔勇者から見たら永遠に追いつけない本物への道路に共に立ってくれる唯一の仲間で別の形の希望になると思うんです。勇者には盟友がいるという話を何かの機会に見聞きし知って、彼女も自身にそんな支えとなる存在がいれば……とふわふわ想像していた、そんな思いを抽出されて生み出されたのが魔盟友(護りの盾)ヒナ。性格とかはファビエルくんの好みなんですかね(は?) 魔法が得意とか料理が得意とかは魔っちゃんがそういう友達アンド仲間が欲しかったのかもしれない。
 ヒナという名前は多分モルフォーサム結成の際にアパタじゃ紛らわしいからということでつけられたのでしょうが、今思うと「雛」っていろいろ考えさせられるセレクトできっついです。魔勇者魔盟友における雛、末路を思うと孵化しても大人になれない空も飛べない鳥じゃないですか……。

 自分がコピー元なんかよりもよっぽど空虚で空っぽな存在だと知らされた時の彼女の心情は察するに余りありますが、それでもなお自分が生まれることを望んでくれたクマリス=魔勇者のために自身は魔盟友=ヒナでありたいと願い、「あなたの望んだ世界を私も守りたいし、共に生きたいと思う」と彼女との結託を決断します。それは魔勇者が夢見ていた自分の相棒たる存在として都合のいいように意思を動かされているからかもしれませんが、ヒナちゃんはそんなの抜きにしてクマリス(魔勇者)の頑張りや考え方、生き方を認めて共にありたいと思う。クマヒナは「愛」をやってほしい。
 大義の為に立ち止まらない彼女と共に歩いてくれつつ、それに囚われる必要はないんだよと教え手を差し伸べてくれる存在がヒナちゃんであればいいなと思っています。

 クマリスが護りの手としての力を使い果たしてもなお生き続けたように、滅び・護りの役割の人達はそれなりに生活できるようなのでこの後も幸せな生を送って欲しいですね。送ってくれ。

 破界篇本編をそのままなぞるには少々アレな設定なのですが、そのへんは薄目で見てください。多分マデッさんに創られた設定にするよりかは説得力があるはずなんです。
 今後やっぱりこういう方針に……とか普通に私ならやらかしそうですが、現時点ではヒナちゃんはこんな感じです。

 最後に、ちょっとだけ書いてた弊破界篇をば。破界篇本編の前にちょくちょく入るヒナちゃんの回想のイメージ。


◇◇◇


 疑問に思うことがある。
 この世界に来る前の記憶が、ひどくおぼろげであることを。
 ただ強く覚えているのは、私は魔盟友で、創られた存在であること。覚えているような覚えていないような、曖昧な記憶の中で、確固たる私を守るために振る舞うのは、それはそれは気分が悪かった。





「お前はなぜ私の傍にいてくれるんだ?」
「別に。貴方の傍しか居場所がないからです。もともと対として創られたものなんですから、貴方としても都合いいでしょ?」
「……都合がいいか悪いかで決めるのもな。貴様、私のことをなんだと思っているんだ」
「なーんとも。敷かれたレールの上にいるだけの、友達未満じゃないですか? そういう貴方はどうなんです、逆に魔盟友ちゃんのことなんだと思ってたんですか?」
「私は…………、──相棒、とか」





「……最近のあなた頑張りすぎです。それはもう異常なほどに。力が目覚めないからって焦っているんですか?」
「…………」
「別になれなくたっていいじゃないですか、勇者なんて。どうせマデサゴーラにはお遊び程度にしか思われてないですよ」
「……でも」
「でもじゃないです。今は休んでください。屁理屈くらいなら、ちゃんと休んだ後に聞いてあげますから」
「……お前は、どうして、私の傍にいてくれるんだ」
「その質問、何回するんですか」
「不安、で」
「あのね、私はあなたの傍にいるために存在しているんです。ですから」
「お前の理論なら、別に魔盟友になれなくたっていいじゃないか」
 「…………本当だ。考えたこともなかった。なんでなんでしょう?」


◇◇◇


 生み出された目的を達成して創造主に愛されようとするのではなく、共に対として作られた存在を(無意識に、あるいは真摯に)愛そうとする女、ヒナ。いい女だよ、お前は。

 さて、一応全員の設定をかっさらえたので、最後に簡潔にモルフォーサムのの結成の流れについて。

〇モルフォーサムについて



「……アパタさま?」
「ああ」
「入りますね」
「うん」
 素っ気ない会話をすると、部屋の扉がゆっくりと開けられる。メイド服の少女ベリルがひょっこりと苺色の頭を出して、「お食事をお持ちしました」と昼食の乗ったトレイを見せた。椅子の背もたれによりかかりながら、テーブルの上を適当に指さす。
「そこに置いておいてくれ」
「ベリルが見てる時に食べて欲しいのです。一人にすると、ちょっとしか食べてくれないから」
「……食欲がないんだ」
「……ベリル、アパタさまがお腹すいてるの我慢してるだけって知ってるの。落ち込むのも無理はないけど、ご飯はちゃんと食べなきゃだめなの!」
 テーブルにトレイを置くと、あんまり意地はってると怒るの! と拳を振り上げて威嚇のポーズを取り始めた。ふ、と笑いが出て、観念したように恭しく本を閉じた。

 時元神キュロノスの魔の手から、ついにアストルティアを救うことが出来た。だからこうやって、今も息をすることができている。部屋を出れば愛する人がいる場所へ飛んでいくことができて、すぐにでも生きているのを実感できる。大事な居場所が私の帰りを待っていてくれているのを確認できる。これ以上幸せなことはないのだろう。
 それでも、歩いてきた道を振り向けば──救えなかった人達が。大切な人たちがいるのが見えてしまう。その人たちは優しいから、きっと前を向いて進めと言ってくれるのだろう。けれど私は振り向くのをやめられなくて、ただずっとこの場でしゃがみこんでいることしかできない。そんな状態がずっと続いていて、ふと視界に映った自分の体が痩せ細り始めているのが見て取れた。
「ネリくんは今買い出し中だからお兄ちゃんが作ったやつだけど、味は保証するの。それに食べやすいものにしてくれたから、頑張って食べてくださいなの!」
「ああ、気を使わせて悪いな。ありがとう」
 デスクから離れ湯気を立てる食事の前まで移動すると、同時に扉が開いた。その音は粗雑で、急いでいるようにもとれる。振り返って見てみると、噂をすればなんとやらと言うべきか、カーネリアンだった。「あ、お食事中か。ごめんねアパちゃん」と肩を竦めたが、その肩は上下に大きく揺れて彼の呼吸を補助していた。
「……どうした、何か急ぎの用か?」
「いやあ、とりあえずご飯食べた方がいいんじゃない? 多分なんとかなるし、多分」
「そんな信用ならん多分があるか。言ってみろ」
 額の汗を手の甲で拭いながらへらへらと掴みどころのない笑顔を浮かべながら、少し上がった息のままカーネリアンは言った。
「グランゼドーラでね、ちょーっと事件が……」
「それはアウトなやつじゃないか?」


◇◇◇


 ver4終了からわりと直後を想定していますが、魔界よろしくアパタさんが食欲を失ってておもろい。そういう癖? いつか栄養失調で死にそう。

 この「グランゼドーラでちょっと事件」がヒナちゃんが現れうんぬんです。多分相当暴れたんでしょうね。目の敵にすべき存在のいる場所に突然飛ばされたんですから(このへんの見識に関しては諸説や個人の考察によります)。
 このあとキィンベルからネオンくんとモモくんがアパタさんの家にやってきて、四人が揃って。捨ておくわけにもいかないから、元の世界へ戻れるまでは結託しようとアパタさんかヒナちゃんの提案でモルフォーサムが誕生します。ほかの設定をはるかに凌ぐふわふわですね。カス……
 アパタさんが提案してヒナちゃんがしょうがないですね帰れるまでですよ!って半ギレ協力ならまだしも、元の世界に戻れるまであなた達協力なさい! みたいなヒナちゃん発の提案だったらしんどいなと思います。滅びてるけど確かに存在する世界線からきた姫組とは違って、マジで創られた存在故に元の世界など存在しないので。

 各々の自己に関するアレコレを解決したあとは、世界もちゃちゃっと救って、それぞれの道を歩み始めます。
 ヒナちゃんはクマリスの旅に付き合いますし、姫たちは例の世界線へ行って奇跡的に帰ってきた日常を楽しみますし、アパタさんは天界に引きずり込まれていろいろさせられるわけです。

 今回はまだまだあります。きも。ver6以降の想定の話をしますね。

②ver6のおはなし



 大きく変化が生じているモモくんは少し長くなりそうです。行き当たりばったりで書いているので先が読めません。


・ヒナちゃん

 前述通りです。これからは友人との幸せな毎日を送ってほしい。彼女の記憶は魔勇者時点で創られたものですし、その時とはいろいろと異なる今を楽しんで欲しいものです。
 旅に出ているのでモルフォーサムからは離脱という形な気もしますが、協力を要請したら帰って来てくれそうな気もします。かなりイヤイヤな予感がしますが……。来てくれないよりマシでしょう。


・ネオンくん

 最強の世界線のベースを持ってきてくれた子なので、父母やほかの人たちからの「アパタさん」判定はネオンくんにあります。少し釈然とはしないかもしれませんが、元通りの日常を手に入れたに等しい世界でのびのびと育っていくでしょう。まだ育つぞお前は。
 では、この人が姫軸アパタさんの役割を担っているなら、モモくんの扱いはどうなってるのでしょうか?


・モモくん

 皆さんご存知見た目も中身も変化のある彼女ですが、何故こうもなったかというと奇跡との噛み合わせが悪かったからです。大きくわけてふたつあると思います。

 家族のもとへ戻れはしたけど、そこでのアパタさんは自分ではなくネオンくんだったこと。彼女をアパタと認めてくれる家族はとうに滅んでいて、きっともうどうしようもないこと。
 自分が呪いをかけてしまった別の世界の自分(メビウスさん)が、自分を恨んでくれなかったこと。

 盟友アパタさんの世界線に来た時点で、「アパタ」の権限は彼女にありませんでした。しかし、ネオンくんという自分と同等の存在やメビウスさんに対する気持ち、自分への失望や憤りなどなどでなんとか形を保ててこれた。
 それが突然どちらも失われたのですから、多感な時期の子にとっては致命傷だったのでしょう。

 一応、例の世界線におけるモモくんは「姿のよく似た養子」的なポジションでパドレア邸の一員となっています。事情を話せばわかってもらえそうですが、それでもこの世界線の家族にとっての「アパタ」はネオンくんですし、言ってしまえば自分が帰りたかった場所でさえありません。ネオンくんもそうかもしれませんが、多くの姫軸アパタさんを背負っている彼女が救われた世界線にいるだけでその多くの世界のアパタさん及び家族って結構救われていると思っていて(実際、事実としても無数にある世界線のうちのひとつだけが救われた、というよりは、無数にある世界線を滅びが来る前に束にしてまとめて、全部救ってみせた、的な表現が近いはず)、ネオンくんから見たときの問題ってあまりないと思うんです。
 でも、滅びが確定しているために、なにより「存在が重複しているから」その束の中に入れなかったモモくんは、必然的にあぶれてしまうわけです。

 さらに、モモくんは自分は恨まれるべき、恨んで欲しかった相手から許されてしまっていると思うんです。
 メビウスさんからしたらたった一回のチャンスが呪いによってむしろチャンスが増えたことになるので、モモくんと再会して言うことと言えば恨み言より「ありがとう」だと思いますし、彼女が家族のいる世界へ戻る助けとなってくれたのもいわば恩返しに近い行動だと思うんです。そんなこと明るく言われても、彼女は死ぬまで呪いを一生抱えて生きていく可能性が非常に高いのですから、モモくんとしてはやっぱり納得いかないわけで。
 自分をこんな生き地獄に放り込んだのは裏では自分が憎かったから、とか、そういうことをこじつけて正気を保つこともできました。でも、自分自身は救われなくても家族やネオンくんモモくんのために全力を尽くしてくれた彼女をそんなふうに言うことは、モモくんにはできませんでした。だからこそ辛い。

 いろいろな感情に押しつぶされて、正常で冷静な判断も出来なくなって、末に彼女にたどり着いたのはひとつの考え。

「お前さえいなければ」

 仮にネオンくんを手にかけたとしても、あの世界でモモくんは「アパタ」にはなれません。見目とかはアストルティアの怪奇級の美容院技術でどうにでもなるかと思いますが、そこの食い違いだけは埋めようもありません。
 だから何をしても、成しても、結局彼女が手に入れられるのは空虚だけ。

 家族を、そしてメビウスさんをも差し置いて自分だけが生き残り、得られるはずもなかった奇跡的な幸せを手に入れてしまったモモくん。5の時点で既に「消えてしまいたい」とさえ願っていたのが、6でいけない方向へ暴走して、他にまで危害を加えるようになってしまった。6モモくんの知られざるキャラ造形はこんなところです。ネオンくんのせいでグレたわけじゃなかった!(「子供でありたい」という願いのせいで稚拙なままの彼女に対して苛立ちを覚えていた面はきっとありますが)
 ネオンくんと対称的に大人になりたいのがモモくんで、できない三つ編みからできるポニーテールに髪型を変えたのも彼女にとってのひとつの自立でした。6からは二刀流になるんですが、いろいろ試しているだけなのか、単に殺意が強いのかは定かではない。

 結末はまだ考えていませんが、ネオンくんを討ちとれはできなくて自暴自棄になって自決する……とかまではさせないと思います。そこまでやりきったら武人すぎますぞ。根本的な解決にはならずともネオンくんと義姉妹(義姉妹?)的な関係を健やかに築いて与えられた奇跡に納得して生きて欲しいです。頼む。


 だいぶ長くなりました。お読みいただき、ありがとう。話がややこしいせいで姫組の話ばかりしてしまった。もっとヒナちゃんの話もしたいのに完全に食ってますね。複雑壮絶人生の女どもがよ……。

 次はめざいふの話がしたいかな。また来月。


↓4月号



 アローラ! 4月ですね。生活ルーチンがガラッと変わり、再び体調を崩さないかすこぶる不安です。結局あれはコロナだったんでしょうか。それとも風邪か、こだまでしょうか。
 昨年は朝ごはんはフルグラと野菜ジュースまたはミロという具合で生活していたのですが、最近は母親が勝手にパンを渡してくれることが多いです。実際フルグラじゃあ最寄り駅についた時には空腹で倒れかけのはずなので英断でしょう。そのくらい、大学に通い始めてから胃のご機嫌が随分バカです。どうでもいいのですがバナナを食べると余計に腹が減ります。そのため腹持ちがいいというのは都市伝説だと思っています。



 さて、月ごとに更新量に幅がありすぎることで悪評高い月刊誌PhenomenonSですが、ついに記念すべき1周年を迎えることが叶いました。ここまでめざいくやしいゆう、それらの派生やその他創作をお見守り頂き誠にありがとうございます。
 1周年記念号ということで、特別描き下ろしイラストやネタバレ回の更新などなど、たくさんのコンテンツを公開予定です。全部今日に上がるとは言いませんが。お楽しみ頂けると幸いです。

サイト1周年記念イラスト概要


 まずはイラストの解説的なものをば。頑張ったから。
 めざいくの人たちに限定したのは、やはり昨年なんとか全ストーリーを粗い状態ではありながら公開できたことと、しいゆうの人達を描くと大変なことになるからという涙無しには語れない理由があります。本当はもう少し描きたいイラストがあったのですが、後日公開の運びとなりました。描けてないからね。
 全員に各イメージ宝石/鉱物とお花をあてがっています。かなりささやかなポイントなので見つけにくいですが、それなりにこだわりポイントなので全て見つけていってくださいね。


・メルティー

 なぜ最初にメルティー? というのは、初めに線画したのが彼女だったからです。なんだかんだ一番可愛く描けている気がしてキレそうです。いつもより結ぶ位置を少し下にしていてオシャレさんです。身長や顔的にもちょっと幼めな衣装設定にしました。ソックスが可愛い。集合絵においても優しげな笑顔で飛び跳ねていてかわいいです。
 持ちフラワー(←?)はガーベラ、白いバラのつぼみ、ペパーミントです。花束はその子っぽい花を持ってきているので被りなしです(一部例外あり)。それ以外のお花は仲のいい人達や何やら関係のある人とお揃いのものをつけています。楽しいね。
 ガーベラの花言葉は「常に前進」。天才ながら努力家のメルティーに実にあっていますね。
 ミントはマルシエッテさんとお揃いです。姉妹で一緒、かわいいね。花言葉は「美徳」。それぞれの美徳を抱えて生き抜くこの姉妹にぴったりの花言葉です。
 白いバラのつぼみはパーティ4人組のお揃いフラワーです。これに関しては主人公組で解説しようと思います。せっかくだから。


・ムーミー

 描いた順で解説することにしました。なぜムーミーを二番目にしたのかは覚えていませんが、多分描きやすそうだったからです。
 白のワンピースに持ち色のパンプスと、比較的シンプルな仕上がりです。裏設定的にヒラッヒラのものを着せてもよかったのですが、現行のムーミーが着るのはちょっと違うかな? と思いやめました。一体どこに飛んでいるのかわからない無邪気な笑顔がかわいいです。
 お花はドクダミ、シルクジャスミンです。白いバラのつぼみをつけてないあたり、本来のパーティの姿はあの4人だったことを思い返させてくれますね。ドクダミの花言葉は「白い追憶」「野生」と非常にムーミーにぴったりなものになっています。「自己犠牲」に関してはノーコメントでお願いします。ちなみにシルクジャスミンの花言葉は「純粋」です。



・ユリア

 先にパーティ女子を描こうという魂胆だったのでしょうか。
 かわいいデザインの襟やチュールスカート、お靴がかわいいですね。彼女や彼女の服を選んでくれそうな人達のイメージを壊さないよう慎重に衣装設定しました。加えて髪型はクラスダリアーロ時代のものにしています。いいね。髪を結ぶリボンが何気にメルティーさんのものと似ています。一緒に選んだのかな? どこを見て飛び跳ねているのかわかりませんが、多分パーティのみんなを見ています。
 お花はエリカ、ベゴニア、白いバラのつぼみです。エリカの花言葉は「博愛」。どんな対象も優しく愛で包み込むユリアさんにぴったりだと思います。名前もかわいい。
 ベゴニアの花言葉は「幸福な日々」で、クラスダリアーロのみんながつけています。みんなかなりわかりづらかったり小さかったりで見つけにくいですが、確実に全員つけています。クラスダリアーロの日々を形容するにこの五文字はあまりにも完璧でした。


・ダリアーロ

 クラスダリアーロ組に突入です。股下が5億メートルくらいありますね。
 男性なので無難にスーツです。Pinterestで探したものをパクリにならない程度に参考にしました。髪を描く時本当に発狂しそうになりました。どちらを描いている時も殺してやりたいと思ってましたが、よく考えたらもう死んでいましたね。
 お花はハマユウ、ベゴニアです。ハマユウの花言葉は「どこか遠くへ」です。一体どこなのでしょう。ハマユウの種子が海を漂って遠いところで繁殖することからつけられた花言葉だそうで、ロマンチックですね。ちなみにハマユウの花言葉はもうひとつありまして、「汚れがない」だそうです。



・クロサ

 レイガとどっちが先だったか忘れましたが、多分クロサが先です。
 暴力的なフリルに発狂しました。大人っぽさと可愛さの両立を図り、死にました。髪型もいつもよりハネが下の方になっていて可愛いですね。これを正式なビジュアルにしたいくらい良いと思っています。どちらも幸せそうな表情をしているので泣きそうになります。涙腺激弱?
 お花はシャガ、ベゴニアです。シャガの花言葉は「決心」と「私を認めて」。もうクロサさんしかいませんね。何気に一番上手く描けたお花な気がします。作業量が馬鹿みたいに多かったので。



・レイガ

 クラスダリアーロという括りでは最後かもしれません。クラスダリアーロ編という括りではもうひとり居ますね。
 彼女に関しては似合う優先かつ実家の味を出した衣装になります。ごめんね。一応可愛らしさというか女性らしさを出すためドレスにし、白いスーツジャケットを羽織ることでキャラクターらしさを演出しているつもりです。一番装飾がジャラジャラしていていいですね。足の飾りはクロサと共通しているポイントかもです。二人はそこそこ密接な関係ながらお揃いの花をクラスダリアーロのものと別に所持はしていませんが、こういうところで示しあっていて可愛らしいです。
 お花はムクゲ、ベゴニアです。ムクゲの花言葉は複数ありますが、レイガに合うのは「新しい美」「信念」あたりでしょうか。このまま独自路線を切り開いて人生を楽しんで欲しいですね。



・マルシエッテ

 一番最初に下描きしたのは彼女ですが、ラフが酷すぎて放置してました。ごめんね。
 黒を着ていないマルシエッテさんは大変レアです。似合っているのでポテンシャルが高いですね。ミントの他にモチーフ宝石をイヤリングにしているところも姉妹の衣装デザインの共通点となっています。どっちが、あるいは誰が言い出したんだろうね。相も変わらずクールな表情ですが、どこか優しさを感じます。
 お花はジニア、ミント、そしてなんか見覚えのあるお花がもうひとつ。ジニアは和名を百日草といい、花言葉は「不在の/遠い友を思う」です。「幸福」という意味もあります。



・シリウス

 正直主人公ズは同時に描いてた気がします(ラフが直前まで終わってなかったので)が、多分こっちの方が先に終わったので。
 大変シンプルで大人っぽいデザインです。普段使い出来そうでいいですね。コンセプト上黒はあまり使いたくなかったので、マルシエッテさんに次ぐ黒似合いガールながら明るい色を選びました。わかりづらいですが、髪型がポニーテールではなくサイドテールになっていて相棒と対になっています。最高だね。仲良く手を繋いで笑っている情景、疑う余地のないハッピーエンドです。
 お花はノコギリソウ、アジュガ、白いバラのつぼみです。ノコギリソウの花言葉は「戦い」です。なぜこれを選んだのかは主人公に託します。
 サリーナとと揃いのアジュガの花言葉は「強い友情」です。サリシリは友情。サリシリ最高! サリシリ最高!



・サリーナ

 主人公とヒーローは遅れてやってくると近所のドロザラーも言っていた。
 シンプルながら遊んだ感じのあるデザインが彼女らしいです。もっとゴテゴテしたのを選んできそうですが、シリウスさんあたりにたしなめられたのでしょうか。デザインにも線画にも当惑したのでマジの問題児です。主人公がよ……。でもまあ相棒と楽しそうな彼女を見ていると許せる気がしてきます。地味に彼女と同じヘアアクセサリーをつけていますね。可愛いね。
 お花はハナズオウ、アジュガ、白いバラのつぼみです。ハナズオウの花言葉は「目覚め」。つまり二人並んで「目ざめのいくさ」です。タイトル回収はオタクの大好物!
 やっとですが、白いバラのつぼみの花言葉をば。「少女時代」です。若い少女であり多感な時期を共に過ごした四人のために、明るい花言葉のものをセレクトしました。まさに開花前の姿が本編の姿にとても重なる気がしませんか? どうやら私だけのようです。


 めちゃくちゃ長い制作期間(ずっとこれを描いてるわけでもありませんでしたが)、シンプルにしんどかったです。本当はもう2枚ほどラフがありましたが普通に間に合いませんでした。よくて今月、悪くて今年中に描こうと考えています。かなり突貫工事なので飛び跳ねてる方は気に入っていない子も多いので描き直しが発生するかもしれないですね。

もしもめざいく/しいゆうキャラが現代に転生したら



 夢サイトの一項目?

 賑やかし程度に置いておきます。SSなどではなく、単に名前の案を上げているだけです。もうひとつの大イベントになる予定だったしいゆうネタバレが間に合わなかったので本当におまけのやつです。難しく考えず、ノリをお楽しみください。
 今回はしいゆうからいきますよ。


アパタ / 時渡 翠(ときど あきら)

 アパタイト(グリーンアパタイト)要素として翠。これであきらって読めるんだ。


ネオン / 時渡 寧音(ときと ねおん)

 読みが違うだけのほぼ同名苗字。本当に紛らわしいので変えたい。あの顔でこの名前は可愛い


モモ / 時渡 百(ときと もも)

 桃じゃなくてあえて百。かわいい


ヒナ / 郷良 妃奈(ごうら ひな)

 苗字はどう考えてもマデサゴーラからとっている。いかついので本人があまり気に入ってないとよい。陽菜よりかは妃奈。


フィオラ / 時渡 氷緒(ときど ひお)

 一番気に入っている。フィオラに対するそこはかとない氷イメージはここから来ている


ベリル / 柱井 苺(はしらい いちご)

 苗字はモチーフ宝石の和名。テストで出たところです。名前はまあベリーっぽいので。


ルリべ / 柱井 粋夏(はしらい すいか)

 気に入っている。名前はモチーフ石ではないけど同種のウォーターメロントルマリンからとったはず。違かったらすみません。


カーネリアン / 従金 練太(よりかね ねりた)

 おでん好きそう。ネリくん呼びが転生後も通じるようにしたかった。


フェナ / 三名木 凧(みなぎ かいと)

 苗字の由来をピンポイントで忘れた。名前はフェナカイトのカイトのところ。気に入っているがキラキラネームなので本人は嫌がってそう。


カイヤ / 三名木 櫂夜(みなぎ かいや)

 気に入っている。かっこいい。


シルヴァパル / 真珠 銀子(しんじゅ ぎんこ)

 そこはかとなく古い感じ。なぜ。


ジアチュリン / 小砂 千裕里(こさご ちゆり)

 テストで出た。ただただ可愛い。


セブン / 七瀬 七生(ななせ ななお)

 ななななー、ななななー。


メジェ / 江前 怜美有(えまえ れみあ)

 一回消えたので作り直したが前の方がよかった気がする。和名のエレミア石から。本人は気に入ってなさそうパートいくつかめ。




サリーナ / 天花寺 才璃ナ(てんげじ さりな)

 ヤバそうな名前で気に入っている。苗字はシリウスとセットで天使。


シリウス / 勅使河原 理羽(てしがわら りう)

 いかつい苗字とかわいい名前、好き。サリーナと苗字が違うのは血筋は別の孤児設定なので(え?)。


メルティー / 佐間野 める(さまの める)

 苗字は多分サンマロウから。カイフェナ姉妹もこんな感じで名付けた気がするが、定かではない。名前がかわいい。


ユリア / 神前 優莉愛(かみまえ ゆりあ)

 苗字は神様っぽいから。神というより女神っぽいな。


ムーミー / 橋向 夢有(はしむかい むう)

 土地名苗字シリーズ。本人の人間性と全く噛み合ってない感じの名前がめちゃくちゃ気に入っている。


マルシエッテ / 佐間野 弦依(さまの つるえ)

 ギリギリルーシーが通じない名前。あえてもっと可愛い名前があったやろがい、みたいな感じに。


ダリアーロ / 天竺 冴弓(てんじく さゆみ)

 気に入っている。なんでこれになったか全てがわからないが、多分ダリアとアローからとっている。


レイガ / 虹釜 玲雅(ごのがま れいが)

 気に入っている。どこを見てもいかつい。隙がない。


クロサ / 黒崎 糸(くろさき いと)

 シンプルにめちゃくちゃかわいくない?


 ほかの更新は書け次第です。さようなら。


↓2月号


 アローラ! 2月号です。は?

 試験が全て終了したため画塾も行かなくなり、ゴミのような生活を送っています。春から毎日6時前起きが確定しているので、今のうちに早寝早起きの習慣をつけたいものです。
 親がいない日は一人で昼食を過ごします。自分はデブなのでカップラーメンを食べた後に残ったスープで雑炊を作るのが大好きなのですが、最近雑炊の方が楽しみになっていることに気づき素直に雑炊だけ作るようになりました。料理ができない人間の作る雑炊は味に深みも何もかも無く、感情のない温かさだけを感じます。今度プチッと鍋を買ってみようと思います。

めざいくイメソン



 さて、2月号は間に合わなかったのでイメソン大会でお茶を濁します。皆一度は考えますよね、自キャラとか推しのイメソン。それのコーナーです。私得ですね。


・サリーナ / シリウス

 この二人はpeg氏の楽曲で。

サ▶︎あわよくば君の眷属になりたいな https://lin.ee/vzsQYq6
シ▶︎夜になったら恥十八は https://lin.ee/eXU1IZZ

 この二人のイメソンは有名な方かと思います。(は?) peg氏がヤマモトガク名義でシンガーソングライターとしての活動を始める直前に出したあわ眷セルフカバーもとても素晴らしいのでぜひ。

▶︎https://m.youtube.com/watch?v=k6tdaJds78o

 曲調や歌詞がちょっと違うのがエモい。

 夜になったら〜はぶっちゃけ初期サリシリのギスギス感がすごいなあという印象ですが、なんかこうシリウス感あるので継続です(は?)。こういうこと、往々にしてよくあります。イメソンなんてオタクの最もしょうもない妄想、このくらいのノリでいいんです。

 さて、なぜ二人まとめての紹介になったかと言うと無論二人ペアのイメソンがあるから、と言わざるを得ませんね。1月号でも触れたキタニタツヤ/人間みたいね や ササノマリイ/雪花の庭 を掲示します。

人間みたいね▶︎https://lin.ee/OQVejGO
雪花の庭▶︎https://lin.ee/ZXgHAv9

 人間みたいねはめざいくのEDであってほしい曲No.1です。は? サリシリならド直球の悪口ですし、多くが天才と秀才の物語であるめざいくにおいて「人間みたい」という形容はいろんな意味に取れて素晴らしいです。脳内オリジナルPVの製作が止まりません。
 アコースティックバージョンはぜひシリウス入水回(語弊)の特殊EDで流れて欲しいものです。

▶︎https://lin.ee/NVk0P1D

 雪花の庭はサリシリ再会回のEDまたは劇場版のEDの一個前の曲(何?)なイメージです。雪って二人のイメージには合わない(他に似合いすぎる二人組が居る)ですが、歌詞がサリシリなのでサリシリの曲です。調子に乗るな
 劇場版少女歌劇レヴュースタァライトよろしく、スーパー スタァ スペクタクル→私たちはもう舞台の上みたいな繋ぎで劇場版主題歌につながって欲しいなという感情があります。レヴュースタァライト、近々再上映があるとの事でもう一度くらい浴びておきたいものです。

 サリシリ後追い入水合同主催の方に聞いたところ、サリシリ後追い入水合同のイメソンは キタニタツヤ/君が夜の海に還るまで だそうです。は?

▶︎https://lin.ee/bVPcBM7


・メルティー

 難しいです。シリウスとのペア(希死念慮)なら ぼくのりりっくのぼうよみ/遺書 です。

▶︎https://lin.ee/lxBhKNw

 希死念慮、実は大筋が決まっているだけで細かい関係性は決まっていなかったりします。メルティー回りはふわふわなことが多いですね。意外と扱いが難しい子です。そこも好きですが、言い訳ですね。


・ユリア

 聞く曲が聞く曲なので、本当に思いつきません。カラオケでどんぐりころころとか歌ってる感じの人ですし、これでいいのかもしれません。

・ムーミー

 こいつに似合う曲ある?
 一応 ぼくのりりっくのぼうよみ/あなたの手を握ってキスをした で考えたことはありますが、本人の感情が『無』なので本当にどうしようもないです。

▶︎https://lin.ee/oO3W3ro

 先祖は john/キャサリン がいいです。ああ、麗しき……

▶︎https://lin.ee/nxlakgY


・レイガ / クロサ

 クロサは無限に当てはまる曲がありそうですが、何はともあれレイガとペアソングを歌って欲しいものです。順当なアイドルっぽいやつ。プロセカのオリジナル曲ですが、モア!ジャンプ!モア!とかが理想です。

▶︎https://lin.ee/seRqLMG

 この曲、4人曲なのであと2人入れますね。誰がいいんだろうね。


・ダリアーロ / マルシエッテ

 キタニタツヤ/白無垢しかなくない?

▶︎https://lin.ee/DTbYbbI

 冗談です。冗談ですが白無垢物凄いダリアーロで好きです。雪というでっかいキーワード持ってる人は強いです。
 個人的には john/弱者 もいいです。ダリマルに重きを置いたダリアーロの人生だ……って感じ(は?)

▶︎https://lin.ee/R1fQbi5

 マルシエッテさんは いよわ/あだぽしゃ がいいな。

▶︎https://lin.ee/YtP5dQ3

  宇宙姉妹は音痴なので(残酷な現実)イメソンは出ないかと思いますが、マルシエッテさんはこういう上品なワルツっぽい曲? がいいと思います。言うほどワルツか?
 また、これの関係でどうしても いよわ/うらぽしゃ をマリエーエリさんにこじつけたいのですが、難しいものです。

▶︎https://lin.ee/VXsdYZg

 あだぽしゃにない激しさが魅力。
 マリエーエリさんはPV映えする笑顔の持ち主なので、虚無の存在であるにも関わらず脳内オリジナルPV制作班が毎日寝ずに活動しています。笑顔が可愛い真っ黒目女は最高!

 どうでもいいけど記憶の水槽がめちゃくちゃ好きです。ダリマルの二次創作かキーマリがこれがいい。

▶︎https://lin.ee/PcNCuw7



 おまけ。

 めピ!のOPはキタニタツヤ/天国の改札、EDはキタニタツヤ/大人になっても がいい。

▶︎ https://lin.ee/TPor05I
▶︎ https://lin.ee/kqF3jak


 マルシエッテさんでもいいし、モモでもいい曲。

▶︎初花 https://lin.ee/hV8Kdkn


 しいゆう組はネタバレ書けたらかなあ。
 来月号もお楽しみに!




↓1月号

 アローラ! 1月19日ですね。は?
 昨日は猫に顔を引っかかれて血まみれになりました。引っかかれたと言うより突き刺されたという感じで痕自体はあまり残らなくてよかったです。うっかりこすったのが悪かったようで手の甲に血が伸びて実際出た量よりわりと酷めの有様になりました。人は顔面に血が着くとテンションが上がるらしく、爆笑しながら自撮りをし身内Twitterアカウントにアップしようとしたのですがあんまりにグロテスクだったため思いとどまりました。今朝画像フォルダを見たら血濡れの自分の顔が最新に表示されてビビったので顔が血まみれになっても自撮りはしない方がいいです。

 さて、月ごとに更新量に幅がありすぎることで有名な月刊誌PhenomenonSですが、記念すべき2022年の第1号目となる1月号及び2月号は『めざいく』『しいゆう』に関する重大なネタバレやキャラクターへの感情などを適当に連ねることでお茶を濁していこうと思います。

 Twitterでも宣言した通り、通常のコンテンツならば今後の楽しみを大幅に失うような重大なネタバレ及び設定開示を行います。

 正直時間も気力もない弱小同人ルーキーには仕方の無い決断だったと言わざるを得ず悔しい思いでいっぱいですが、一生出せないよりはマシかと思いますので暇つぶしにでもお楽しみ頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。



◆目ざめのいくさ


 個人的に最高のタイトルだと思っています。
サリーナのモチーフ鉱石・宝石であるフローライトが「目ざめのクリスタル」と呼ばれていること、シリウスのモチーフ鉱石・宝石であるヘマタイトが戦(いくさ)の際のお守りとして持ち歩かれていたことから名付けられたものです。
 そもそもなぜ「目覚め」ではなく「目ざめ」なのか、その知識を紹介していたサイト側のミスなのか意図的なものなのかわかったものではありませんが、「目ざめのいくさ」というタイトルにおいてはひらがながほとんどの中で「目」のみが漢字になることで「め」には出せない引き締まった美しさを醸し出せているのではないでしょうか。
 様々な目ざめを経てそれぞれの戦いに立ち向かった登場人物のことを思えば、なかなかベストなタイトルになっていると思います。

 余談ですが、ポケモンで「めざめのいし」がいつの間にか「めざめいし」になっていたことにめちゃくちゃビビりました。消された「の」の気持ち考えたことあんの?

ストーリー構成について


 シリウスは死んでないです。

 最後ぬるっと帰ってくるので、全国のシリウスファンの皆様(私だけ)はご安心ください。

 すでに掲載済みのストーリーを含めて、めざいくの構成は次のようなものを想定していました。

原作沿いの本編

ED後、ぬしさまの果実クエスト終了後シリウスの入水失踪によりアフターストーリー開始

サリーナ、メルティー・ユリアと仲違い編
(ムーミーとの会話)

クラスダリアーロ編

宇宙姉妹編

カルバドの集落編

なんやかんやシリウスと再会


 便宜上めざいくと呼んでいますが、シリウス入水後(その言い方やめろ)のストーリーは記述通りアフターストーリー扱いでめざいくではないと思うんですよね。本編ではあるけど劇場版そうとか、そういう扱いかつ印象。かと言って別の名前をつけているわけでもないので混同しているわけですが……。
 シリウスがいなくなったとびっくりする(オブラートに包んだ表現)サリーナは美しさすら感じさせるシーン設定なんじゃないかなと思います。ほんとに? めざいくがアニメならばおそらく特殊ED回です。サリシリの歌が物悲しいピアノアレンジとかになってるやつです。
 "在"る曲で言うと、キタニタツヤ「人間みたいね」のAcoustic ver.が流れる感じのイメージです。

▶︎通常 https://lin.ee/OQVejGO
▶︎Acoustic ver. https://lin.ee/NVk0P1D


 クラスダリアーロ編は教師を失った生徒たちが彼及び自分たちの住まいの片付けをし、意外な来客をきっかけに自分たちの今後を決めていく話を予定していました。マギレコの2部5章みたいな感じですね。そんなことはないと思いますが。ユリアとサリーナは和解し、レイガとクロサもまた新たな人生への舵を切る気持ちのいい回だと思います。マルシエッテさんは姉妹編に登場するため出番はありません。

 そういう事で宇宙姉妹編ですが、かなりキレ散らかしているメルティーをマルシエッテが諭しながらもなんとかサリーナと和解にこぎ着ける話だと思います。マジでここは全く考えていないのでふわっふわなのですが、何となくすれ違っていた姉とは生まれつきの才能のみで全てをはかる親から離れることでやっと同じ目線に立って話すことが出来、サリーナの発言もまた彼女なりの悲しさの裏返しだったと気づき、とメルティーにあった少しいびつな人間関係が補正される回だと思っています。この後姉妹二人暮らしが確定しているのでかなりいいですよね。

 カルバドの集落編は完全に趣味なのですが(ここまでも全て趣味)普通にナムサリがくっつく回です。親友死んでるのにくっつくなよ。
 恥ずかしくて上げられたものじゃないという点以外は文もそこそこ出来ているし雰囲気も良くてお気に入りの話になっています。ナムサリと書くと胡乱な回に見えてしまいますが、サリーナが自分の中にある感情の整理をつけたり、何故シリウスは突然消えてしまったのか目処が立ったり(生きてるので外れるんですが)と真っ当なサリーナの成長回ではあります。

 最後の話ではサリーナとシリウスが感動の再会を果たします。そんなに感動的ではない話の書き方をしているのですが、サリーナはめちゃくちゃ安心してわんわん泣くのでとてもいい回だと思います。サリシリ最高! サリシリ最高!
 ED後のサリシリ観にも関わる大切なお話なので、そのうち掲載できたらいいですね。

 シリウスが合流した後は、4人パーティで宝の地図巡りに行きます。1年か2年くらい冒険したあとはそれぞれがしたいことをする為に解散してそれぞれの道を歩んでいきます。そんな彼女たちの姿が垣間見れるスピンオフが読みたいので、無から湧いてきてほしいです。

各キャラ概観



・シリウス

 中学生当時ノリで作ったサブ主人公でしたが、今となってはめざいくに必要不可欠の存在となりました。
 もともとメインの4人のネーミングが小学生3、4年くらいの女児によるものだったため、当時中学生の自分は「これはいかん」と彼女の投入によってテコ入れを計りました。星空の守り人ということでおおいぬ座の名を冠させているあたりいい落とし所を見つけたなと思いますが、結局マルシエッテさんというウルトラ創作ネーミングキャラが登板したため要らない配慮であった可能性があります。

 サリーナより先に書くといよいよ本当にこいつが主人公感を出してしまうのですが、実際のところシリウスが主人公だと真面目で大人しすぎるというか悲観的な話になってしまう気がするんですよね。楽観的で考えや行動選択が独特なサリーナを軸に据えることによってシリウスの頭の固い部分が気持ちよく調和され、物語を暗すぎない雰囲気にできていると思っています。名脇役ですね。主役をちょっと食っていますが。
 宝の地図を冒険した後は、平和になった世界を一人で見て回ってはサリーナのもと(カルバドの集落)でゆっくりする、みたいなルーティンを繰り返すゆるふわ旅人スタイルで生を過ごします。恐ろしく時が経った次の世代の主人公のようなお人好しを持ち合わせる彼女の最終的な形としてもこれがベストなんじゃないかなと気に入っています。


・サリーナ

 主人公なだけあって(←?)しいゆうを含めても最も大幅な設定・性格変更が行われてきた人物です。最終的にいい味のあるキャラクターになったんじゃないかなと思います。シリウスの登場によって名前まで変更がありましたが(本名がサダルメリクというアレ)、これによってクソダサ創作ネーミングをしたのが彼女自身になってしまったという呪いを背負うことになりかなり苦しめられています。後述する子供の名前は比較的マシだと思うので、本人のセンスが変わったのかナムジンくんの功績なのかどうかは不明ですが良かったんじゃないかなと思います。

 自分を超えることはない、自分より劣っているとシリウスを見くびっていた彼女ですが、子供が些細なことでも親に見せてはすごいでしょと胸を張るような純真さがある子なのでなんやかんやシリウスが大好きである点がとてもいいですよね。
 サリシリの不思議かつ魅力的なところはどの角度から見ても友情のみの関係性であると断言出来るところにあると思います。なのでAIのべりすと君にめざいくの続きを書いてもらった時勝手に恋愛解釈された時はかなり怒(いか)りました。マジでどうでもいいのですが、シリウス再会時の事を想う際にはササノマリイ「雪花の庭」がオススメです。

▶︎ https://lin.ee/ZXgHAv9

 宝の地図で世界を冒険した後は、ナムジンくんと共に穏やかな余生を集落で過ごします。子供は「ルダクルサ」と名付け(サリーナの本来の名前である「サダルメリク」の使われていない部分+『格式を重んじる新鮮なセンス』という星言葉を持つ星「クルサ」)、たまに遊びに来るシリウスお姉さんに遊んでもらったりしながらほんわかとした日常を楽しんで頂きたいです。


・メルティー

 ほぼベロニカ(あるいはヒナ)だったので顔が死んだ人です。ギャグでもシリアスでも美味しい良いキャラクターになったと思います。無表情キャラはやはり最高ですね。持ちカラーが緑の童顔低身長なしっかり者なので私の特殊性癖にもクリティカルヒットしています。この性癖本当に何?

 これは宇宙姉妹編で語っておくべき設定ですが、魔法で戦うよりグランドネビュラでぶっ飛ばす方が好きとかいう設定は「魔法は美しいものであり、争い以外の有用なことに使用されるべきではないのか」という彼女なりの魔法に対する姿勢が響いているところがあります。よくめざいくは多くが天才と秀才の話だという話をしますが、彼女は物凄く真面目な天才というどこかの水色頭とは逆の方向をいく「天才」のキャラクターになっています。
 自分の死に関する話を仲間にするという雲行きの怪しい動きを見せる子でしたが、蓋を開けてみれば闇なんてものは(親以外には)さしてなく、自分の才能と魔法という概念に対して真摯であり続ける真っ直ぐな子というなかなかいい感じのキャラ造形を成せたかなあと思っています。また、基本的に和解が多く明るい締め方で終わっているめざいく内で初めて親と絶縁という思い切った形で状況の解決をしていたりと、物語構成においても刺激的なキャラクターだと思います。
 宝の地図の冒険後は城下町で朝に弱い姉を叩き起しながら魔法の研究に明け暮れる素敵な大賢者さんとして過ごします。富や名声よりも大好きな魔法の美しさや無限の可能性を追求することをどこまでも楽しんでいてほしいです。


・ユリア

 今も昔も女神級の優しさを誇る曇らせ要素の一切ない稀有な存在です(大嘘。ダリアーロが死んだ時相当曇っている)。小学生の自分は本当に盛り髪が気に入ってたんだと思います。ちなみに顔グラも相当それが気に入っていたのか全員同じものを採用していました。さすがラブカスに「カス」と名づけるような女児、とてもサイコパスでいいですね。まあ今もオンラインゲームのキャラクターを全員白髪三つ編みにしているので、変わってないということです。

 どこまでも優しくて慈悲深く、環境にも恵まれた子です。お嬢様故に世間知らずだったこともあり、「僧侶になって旅をしていればそのうち力もついて薬か何かも手に入れられるかもしれない」とったいまいち芯を持たないふわついた考えで大切な師に残されたわずかな時間を浪費してしまったことを悔い、甘かった自分を叱咤してもう一度立ち上がる彼女の姿は正ヒロインのような美しさ神々しさがあります。問題は私がその描写を文章化することが一切出来ていないことです。
 ただただいい子なのでそれ故に単体だと扱いが難しいかなあと思ってしまう子ですが、裏返せば他のキャラと関わらせることで自身はもちろん相手の子のいろんな姿を見せることを叶えてくれる名脇役ととる事もできます。置くだけで癒しになるので、彼女もまた脇役として優秀な存在かと思います。
 宝の地図の冒険後は学校や孤児院の総合施設みたいなものを作って人々の役に立ち自他ともに笑顔を絶やさせない平和な世界で暮らします。歴史に残る大きな功績は残さずとも、たくさんの人々の心に残る存在になるでしょう。


・ムーミー

 地味にキャラブレの激しかった子ですが、感情なき殺戮マシーンサイコパスという就職先を見つけ強烈なキャラクター性を得ることが出来た子です。どうしてこうなった感が否めませんが、彼女無くしては語れない関係性や物語の動きは多く、いい役割に落ち着けた子だと思っています。

 顔がめちゃくちゃかわいくて戦闘の腕がピカイチなので全てが許されている子です(許さない方が良くない?)。このうちどちらかが欠けるか人に劣るか、あるいはどこかの水色頭のように愛嬌×がついていた場合なんかは途中で普通に殺されていたと思います。
 どこかで見たんだか完全な持論なのかあやふやなのですが、個人的に物語の登場人物の数は奇数だと上手くいくと思っています。彼女の投入により(現実時間の投入順で言えばシリウスの方が後ですが)パーティメンバーが奇数になったことによって関係性が広がり、既存メンバーの新たな一面を垣間見させる役割として非常に優秀なキャラではないかと思っています。
 長い余談になるのですが、急に無から沸いた白ロリ概念が本当に可愛いので本気で設定に起こせないかかなり考えた結果、めざいく完結後の話を描くスピンオフ回を企画した際に、『宇宙姉妹がかつてサンマロウにあった謎の殺人事件の真相に迫る』的なストーリーで『金持ちの親の元に生まれたが、親の頭のネジがゴリゴリに外れており、生まれつき監禁され偏った知識を蓄えさせられ続けていた』ことが明かされるのはどうかと考えつきました。サンマロウはカラコタと近いですし、この親にしてこの子ありという説得力も出るし、私の性癖も満たされるしでなかなか悪くないバックストーリーなんじゃないかと思っていますが……どうですか?(どうもない)
 完全に「籠の中の乙女(2009)」から着想を得ているところがあるので、今後機会があればヨルゴス・ランティモス監督に謝罪と畏敬の念を込めながら鑑賞する予定にあります。
 ちなみに、シリウスと合流した後は一度だけパーティの前に顔を見せてから一切の動向を眩ませてしまいます。どこへ行ったのかも、今生きているのかも、結局どこで死んだのかも不明です。彼女はあの少女の姿しか想像できないほど完成されたビジュアルをしているので、あの姿のまま春の一陣の風のように消えてしまうのが似合うと思ってはいます。


・マルシエッテ

 無から沸いた人1です。この見た目で光属性、しかも萌え要素多数という意外と情報が渋滞しているなかなか面白い人です。元のゲームに存在していないことをいいことに、なんらかのタイミングで一次創作に互換したいとも考えています。

 最悪な親の元に生まれ妹の方が出来が良かったという地獄の環境にいたにも関わらず、持ち前の努力好きで全てを乗り越えたすごい人です。少しでも歪んでしまえばDQ10のドミネウスのようなことになっていたこと間違いなしなので、さすがの光属性と言わざるを得ない胆力の持ち主だったりします。
 ダリアーロとの関係性は彼女の人生の中でもかなり奇妙なもので、結局彼女は彼の名前を一度も呼んだことがなかったりします(元々人の名前を呼ばない子なので、相手と違って意図的に)。一緒にいることで成長できる貴重な存在であったことは間違いなく、表に出すことは少なくとも確かな好意の感情があったと思います。恋愛か友情かはまだブレがありますし一緒にいて落ち着くとかそういうのはなさそうな二人ですが、とにもかくにも素敵なコンビです。いろんな人の死に目を見送りながら、対等になれた妹と共に生きていってほしいですね。


・ダリアーロ

 無から沸いた人2です。彼こそが最も要素が渋滞している人物と言って異存ないでしょう。わりと最悪なことを人にしでかしてますが、その過去や自身が抱える疾患、本人の奇跡的なお気楽キャラクター性によって案外丸く治まっているところが絶妙なキャラ造形・物語構成をしていると思います。

 前述した通り自分を満たすために人を傍においていたので、見方を変えれば『悲しい過去持ちの悪役』ともとれるキャラクターだったんじゃないかなと思います。世界を脅かすほどの危険性はなくとも、少なくとも数人の人間の人生を狂わせているという点においてはとんでもないことをしていた人ですが、彼もまた人間らしく全くの情がないどころかありすぎてそうなところが物語を緩和させいい味を出すもとになっているんじゃないかなと思います。
 髪と目の色が変わる設定いらねーんじゃねーかなとか思うことはあれど、とりあえず理不尽に自分なりの解を出してそれなりに向き合っていた点は面白いキャラなんじゃないかなと思います。ダリマルはもう散々語ってるし少なめで行きました。文を作るのに疲れてきたというのもありそうですね。


・レイガ

 彼女も無から沸いた人ではあります。現実時間でも本編内でも登場するタイミングが遅く関わるシーンも少ないためまだまだ掘り進める余地のある、義務のある子だと責任を感じています。今後軽いノリで変える気がしなくもないですが、何気に白髪緑目のしっかり者で肝が冷えます。

 この見てくれですが、魔物が苦手で人格変化が起こってしまうという文字だけ見ればシリアスなのに実際見たらかなりコミカルというギャップが面白い子だと思います。本編内で戦闘シーンが見られることは恐らくないのでしょうが、彼女が目を瞑りながらも敵と戦おうとしたりうっかりレイにゃんになってめちゃくちゃ活躍したりというシーンを見られる機会があればいいなと思っています。
 師の逝去によって生まれ育った故郷であるグビアナ砂漠に戻ることになりますが、その際に「似合わなくてもいい、好きなことをただやろう」と決意して髪を伸ばしながら踊り子をやってみることにしました。ついでに砂漠の子供たちや兄弟たちに勉強を教えたりして、充実した生活を送ることになります。サバサバしていて思い切りのいい子という印象がありながら、自分の夢を叶えることに関してはそこそこ消極的だった彼女が一念発起して輝く姿はまさしく砂漠の太陽。ギャリギャリに余生を謳歌して頂きたいです。


・クロサ

 ビジュアルこそ元のゲームにありますが、無から沸いた人という事実は消しようもありません。レイガ同様登場タイミングや出演シーンの関係上活かすのがとても難しく、性格やら状況やらが次世代のキャラクターに類似しているところから扱いに困ることが多い子です。自分の未熟さを教えてくれるあたりがストイックな彼女を思わせてくれていいのですが、これはただの言い訳でしかないので頑張っていきたいところです。

 天才と秀才の物語の中で唯一の凡人が彼女だったのかなあとも思います。彼女もまた努力家で上のステージに立てることは数ありましたが、誰もが羨む存在でなかったことは確かだったんじゃないかと思います。スーパースターを続けられていれば秀才と言って差し支えない技量を身につけていたはずなので、親による理不尽さに抗う術がなかった=環境に恵まれなかった彼女がユリアにいい印象を抱けないのも仕方がないことだったのではないかと思います。本人の持ち前のトゲトゲしさのある性格やメルティー同様親と縁を切る(明確に切る描写は恐らくないが、事実的にはそんな感じである)点から、彼女を主軸に絞ったストーリーを展開した場合は毒がありながらも粘り強く道を切り拓いていく個性的な読み味を出せそうだなと思います。
 劣等感や他への羨望は数あれど、彼女もまた師や同志と過ごした小屋を出る際に「好きなことをした方が楽しいのは、まあそうよね」とどこか諦めていた自分に向き合い、レイガと共に三週目の人生を歩くことになります。彼女のサポートが主の、裏方の人間ではありますが、なんだかんだ気の許せる友人と共に過ごしつつ親の抑圧から逃れることが叶っているため幸せなんじゃないかと思います。劇的な逆転やシンデレラストーリーはありませんが、普通に生きることが出来る幸せを誰よりも噛み締められているのは間違いなく彼女だと思います。
 また、レイガとクロサの関係性もまたサリシリ同様友情に帰結するいい関係性だと感じています。サリシリはどちらかと言うと絆って感じですが、この二人は親しみやすさと女の子らしさのあるキャイキャイしたフレンドリーさが魅力的だと思っています。クロサがツンケンしていますが、なんだかんだ二人でショッピングとかお茶とか楽しんだりしてると思います。


 1月号はこれで終わりです。もう少し書きたいことがあった気がしますが、脳と指をたくさん使って疲弊感が凄いので2月号に延期または思いつき次第追記の形をとります。
 今後とも目ざめのいくさをよろしくお願いいたします。

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