☆6.0、6.2、6.4、6.5後期に進行したていの姫ツインストーリーです。


ストーリー構成にあたって設定を一部変更しました。
これからもある可能性が高いです。よしなに



【旧】アパタさんのいる世界線はたったひとつの特異点

【新】特別な世界線であることに変わりはないが、アパタさんの世界線もいくつも分岐している
(ゲーム本編のアルウェーンなどをふまえて唯一世界にするのは都合悪そうな気がしてきたので あといろいろ分岐してたほうがいいため)



【旧】モモ、ネオンは無数の世界線におけるアパタさん=つまり本来の名前はみんなアパタ

【新】アパタさんにあたる人物であることに変わりはないが、名前は異なる存在
名付けも所以して世界線が分岐してるイメージ
(姫ツイン描写のとき名前の扱いに困るから)
メビウスさんもアパタではない別の名前です(そのままメビウスでもいいのかもしれん)



【旧】ネオンはモモの成長した姿

【新】単に別の世界線のアパタさんにあたる人物
(無理あるから)

霧の向こうのネヴァーモア

 6.0

 初めてなにかの命を奪ったのは、意識もしないうちにだろう。走り回っていて踏んだか、煩わしくて反射的に叩いたか。興味本位で草を引っこ抜いたのさえ殺生と数えるなら、もっと昔から命を奪う者だった。
 明確に、自分の意思で生き物の命を絶ったのは、確か齢は十にも満たない頃。兄に連れられて、浮島の屋敷から降り、王都の外へ出向いた時だった。
 剣が通った時は水を斬っているようだと思った。すっと入って、少し抵抗があってから、一気に抜ける。すぱ、と自分が生んだ軌道どおりにスライムの体が分断された時、一瞬楽しいと感じた。だが、地面に散らばるようにして倒れた魔物のからだを見たら、胸を冷たい手で撫でられたような心地がした。今まで従者の剣や木の的ばかりを斬っていた自分の刃の向かう先に生命が与えられて、戦慄した。
 次に斬ったベビーパンサーの返り血を浴びて、その温かさが怖くなった。情けなく手が震え、それが傍で見ていた従兄の目に止まる。
『初めはそんなもんだろうが、剣を持ちたくてその様子じゃ無理だ。止めとけよ』
 稽古に付き合ってくれていた従兄が今までどれだけ生ぬるい鍛錬を施してくれていたのか、自分の手で生死を決めることの重みを秘匿していたのか、この時思い知った。自分が子供としてしか見られていないという悔しさと、自分の未熟さへの不甲斐なさが胸を占めて、余計に剣を握る手が揺れる。
『おれ……、俺だってっ……父さんみたいな剣士になりたい。だからっ、続けさせて!』
 あの時の従兄の目の色までは覚えていないが、冷ややかな面持ちだけは刻み込まれている。
『いいか』
  震える手の上に従兄の手が重なる。
『エテーネの王家の者ととして名だたる剣士になるならば、何より剣に振り回されてはいけない。お前が振るうこの剣に、重みがあることを忘れるな』
 従兄の分重くなった剣に、奪ったばかりのふたつの命が乗っている気がして、また手が震えた。
『だが、躊躇はするな。たとえ剣の先が魔物であろうと、人であろうと、友であろうと、家族であろうと……お前の決めた道を塞ぐなら、斬れ。お前の道には、それが付いて回るのだから』
 自分にとって最も相応しい剣の在り方を、探しながら考えろ。
 そう言ってくれたのは誰だったか……その記憶は霧の向こうへ隠されて、よく思い出せない。



 自分を育ててくれた父と母、寸分違わぬ存在がいる。彼らが自分のことを娘だと言ってくれることは嬉しかったが、与えられて当たり前の席には既にこの世界の自分にほかならない者──ネオンが。ネヴァーセが、いる。
 彼女がいる限り、その存在がこの父と母と紐づけられている限り、自分は「もう一人の娘」に過ぎない。
 その空虚はモモの心を苛んだ。「家族じゃない」という孤独が、彼女を打ちのめしていた。


「ねえー、もう一人のお嬢様さ……お嬢様より陰気だよねえ」
 不意に聞こえた声に足が止まる。壁越しに覗けば、ネヴァーセの側仕えたちが一同に集まって何やら話している。背丈も年頃もでこぼこの集団だが、結束感はそれなりにあるらしいことはここで過ごすうちになんとなく知れていた。その中には自分をよく思わないものがいることも、わかっていた。
「そりゃあ……ねえ、比べるのはおかわいそうでしょう。あのお嬢様もお嬢様なりに精一杯なのよ」
「そういうことじゃなくて、なんかこう……あたしたちに遠慮してる? みたいな雰囲気が、ねぇ?」
 事実、モモはこの世界のパドレア邸にはなじめないでいた。

 ここを帰る場所にして構わない──自分の父と母と全く同じ顔をした彼らは、そうモモを歓迎してくれた。だが、それをすぐに受け入れられるほど自身の整理がついていなかった。

 この世界がこうして今も平和に息づいているのは、奇跡としかいいようのない出来事に報われたからだった。絶望を踏みしめて無限の時を歩いてきた彼女が贈ってくれた希望の光。滅びの結末を迎えた幾千のエテーネ王国から時渡りのチカラと結末を借り受けて、滅びる前だったこの世界に収束させた──ふたりが流れついた世界線とも引けをとらない唯一の世界線が、ここネヴァーセの生まれた世界線だった。

 とうに帰る世界は滅びていたモモは、この世界にいることで擬似的にでも救われた家族のもとで暮らそうと試みた。それが彼女の行いを無下にしないことだと信じて。
 しかし。ネヴァーセのまわりを多くの人が取り囲むなかで、見知った顔も見知らぬ顔も、自分を見て不思議そうな表情を浮かべたとき、モモは直感してしまった。
 ここは、自分のいるべき場所ではない。

「明らか避けてるというか、壁つくってるというか? 仲良くなる気ないよね。笑った顔もウソくさい!」
「なーんか、こっちまで居心地悪いんだよなぁ。せっかく旦那様は家族だって言ってくださってんのに、あんな態度でいいのかね」
「……お嬢様が……気にかけている、いわば、妹君を……不当に、扱うのは……」
「言ったって、あっち側が歩み寄るつもりないんだからさー。あたしたちが気遣う意味ある?」
「助かるつもりのない奴をわざわざ助けようとする義理もないよなあ」
 どうやら好き放題言われている。当の本人たちは小声で話し合っているつもりでも、ここまで丸聞こえだった。……随分奔放な従者たちである。姉が好きそうな人間たちではあると思った。
「(俺も……俺の世界で生きていたら、この人達を従者に迎えていたのかな)」
 彼らを迎え入れる歳まで自身の世界で過ごせなかったからか、その顔すべてに覚えはなかった。無性に寂しいような、嬉しいような、悲しいような、悔しいような……いろんな感情がないまぜになってこみ上げてくる。

 この世界の者は皆、自分がかつて生きた世界では歩めなかった未来を生きている。本当は、自分と同じように生まれてきた人々だ。自分と同じ運命を辿るはずだった存在だ。
 そこから弾かれてこの世界に収まったモモの居場所はここにはない。いるべき場所にはすでに、別の自分がいるのだから。

「(俺の世界にもいたのだろうか。すっかり荒廃してしまったけど、人類みんながそうじゃない。今もどこかで生きながらえて……)」
「ねえ……あそこにいるの……」
 こちらに向いた声にとっさに踵を返してその場を離れる。背後からネヴァーセの側仕えたちの慌てふためく声がしたが、構わずに走り出した。自分のことを悪く言う者にも、そう言わせる原因にも用などない。そんなことに時間を割いている暇はない。

 モモはただ、自分の世界に戻りたかった。自分の生まれたあの世界に。
 それが叶わないことと知りながら、今も諦めきれないでいた。

 だからこんなに苦しくて、何もかも許せなくなるような怒りを覚えるのだ。



 少し前のこと。

 檜の匂いが漂う渡り廊下を、先導するカイヤの後ろについて歩く。カミハルムイにあるカイヤの実家の屋敷に招かれたモモは、収まらない興奮を足音に変えながらきょろきょろとあたりを見回していた。大きな桜の木、独特な波紋を描く白い小石の敷き詰められた庭、横に滑らせて開閉する薄い扉、草を編んでつくられた床──エテーネ王国とは何もかも違うこの地は、モモの好奇心を存分に刺激する。
 やわらかな風とともに前を歩く黒髪が流れ、桜の花弁がひらひらと視界を横切っていく。「遠いやろ?」「全然。気にしないで」迷路のような廊下を渡る中で会話は少ない。厳かな屋敷の雰囲気がそうさせているのか、あるいはこれからのことで思考がいっぱいだったのか。
「ついたついた! ここよ、ここに飾ってあるの。たくさん歩いてもらっちゃってごめんなあほんと〜」
 ある一室にたどり着くと、カイヤは羽を軽快にはためかせ、言葉とともにわずかにつま先を浮かばせた。山脈が墨で描かれた障子に手をかけ、ゆっくりと引く。部屋の中に見えたそれに、モモはひと目で心を奪われた。
 畳が敷き詰められた部屋は小さい。座布団や机の類もない。ただ奥に、ひと振りの刀が祀るように置かれていた。
「うちのご先祖様が残した刀のうちのひとつ。名前は名刀明烏」
「明烏……」
 胡粉を塗ったような白い鞘、黒鉄色の鍔──日暮れの空を飛ぶ黒い翼がすぐに情景として浮かび上がる。着物の袂を押さえながら、カイヤは鎮座した名刀をゆっくりと持ち上げる。
「二刀流が前提のとっても軽い刀なの。人によっては軽すぎて手から離れちゃうくらいみたいだけど、お姫ちゃんには合うかなって。うちの家からはもう長く戦いとは縁がないから……刀があってもこうやって飾られるだけ。今でも通用する素晴らしい刀やから、信頼できる人に譲れたらってずっと考えとったんよ」
 贈物のリボンをほどくような繊細な手つきに誘われ、刀身があらわれる。黒々とした艶のあるそれは、見ただけで強靭であることがわかる力強さを秘めていた。父や従者が携えた一級品をときどき見る以外には兵舎や市場のまずまずの剣ばかり見てきたモモにとっては、畏怖すら抱く視覚体験だった。
「持ってみる?」
 久々に、刀を持つ手が震えた。
 刀身は名の通り烏の羽のようにしなやかで、向かいの景色が透けて見えるのではないかと思うほどに薄い。振るうと風を切る音が鋭く鳴いた。羽でも生えたような軽さなのに、黒黒としたその姿には圧倒されるばかりで、確かに、重い。
「……いいの? こんなすごい刀、俺がつかって……」
 高揚と緊張の混ざる問いに、カイヤは笑みだけを返す。

 馴染みのない刀を佩いて歩くのは、なんとなく歩みがぎこちなくなる。これが自分だけのものと思うとたまらず、力が入って足と手の振り出しが揃ってしまいそうになるのをなんとかとどめた。
「今度は姫ちゃんもふーくんも呼んでみーんなでお夕飯食べよか! すき焼きってわかる? 家にいた頃のふーくんが大好きだったお料理でね、霜降りのお肉にいろんなお野菜をあまーいたれで煮て食べるお鍋料理なんやけど……」
 軽快に言葉を並べるカイヤに相槌や同意を伝えながら、一度は渡った廊下を歩く。桜の花弁がひらと舞い、時折屋敷の中へこっそり遊びに来る。それを目で追っていると、ふと、足が止まった。
「あら……お姫ちゃん?」
 二重の足音が消えたことを訝しみ、カイヤはいつも通りに目を細めたまま、不思議そうに振り返る。モモの視線は、行きは開いていなかった、わずかなふすまの隙間の向こうへと伸びていた。
「カイヤさん。あの刀は……何?」
「ん〜? ……ああ、あれはねぇ」
 畳の目に頬を寄せるように、桜の花弁がはらりと落ちた。それを追っていたはずの目は、部屋の奥に飾られたひと振りに奪われてしまっている。
「あれは使えるもんじゃないわぁ。せいぜい飾っておくのが精一杯の、人の手には負えない猛毒よ」


◇◇◇


 譲られたこの刀になんら文句はない。むしろ羽で風を斬るような軽快な太刀筋は、まるで腕が刀になったと錯覚するほどによく馴染む。
 しかし。あの日見た刀が妙に記憶に残り、モモは度々カイヤの屋敷に足を運ぶようになっていた。最近は門番とも顔見知りになり、手土産を渡すと「たまには貴方が召し上がってください」とかなんとか、突き返されるほどの仲になってしまった。
 みたらし団子を引っさげながら、すっかり見慣れた檜の木目に足を添えて、長い廊下をひた歩く。たまに空いているふすまの隙間に目を凝らして、それぞれの部屋の掛け軸や生け花を楽しみ、まれに屋敷の者と目があって気まずい思いをしながらも、目指す先はただひとつだった。

 その日もその部屋のふすまは開いていた。花弁が舞い込むだけのわずかな隙間。風が一陣吹き込むだけの小さな隙間。モモはちらりと周囲を確認してから、静かにその空間を広げ、中へと侵入する。
 後に聞いた話では、これは変わり者の先代が打ったひときわ奇妙な刀だという。握った者にひとり残らず毒を与え苦しみの中で殺し、やっとの思いで土に埋めれば一日足らずで近隣の山々の植物を枯らし、二度と生命の芽生えぬ死んだ土地にした。故に誰かに持たせることも投棄することも叶わず、先代の魂を供養するように屋敷の間をひとつ与えることで解決を図った──そんな業物であった。

 今日もその刀はいつもと変わらぬ素知らぬ顔でモモを見上げている。黒黒とした鞘に走る黄金の竜の首は、腐りかけの木苺のような色をしたぼろぼろの布と水引で絞め上げられ、漆黒の眼が恨めしげにこちらを睨む。花型の鍔から伸びる柄はその刀を物語るように毒々しい色で、握ることすらためらわさせる。
「(実際、触っちゃいけないんだよね)」
 扱いは棘を持つ花と同じだ。眺めるだけに止めれば、こちらを攻撃することはない。それに甘んじて、モモはかがんで刀をじっくり観察する。

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